文章

□マイ リトル ホーム
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あまい、金平糖を一粒いかが。




:マイ リトル ホーム:





疲れた。
もう疲れた。

仕事を終えて帰路、駅からこんなに遠かったっけ、と錯覚するほど全く自宅に着く気配がない。
なんで今日に限ってこんな高いヒールで出勤したのだろう。慣れない靴で足に出来た靴ずれは、とっくに潰れてしまった。本当に痛くて、歩けない。踵をずるずる引きずって歩く姿はなんとも情けないのだろうと思うが最早構っていられない。

もう嫌だ、限界だ。
このところ仕事は全くうまくいかないわ靴ずれするわ。
ミスばかりでそろそろ精神的に参ってきた。

その上、しばらく静雄に会ってない。
最後に会ったのはいつだ。
もう2週間以上見てない触ってない。

ああ静雄に会いたい。
とてつもなく会いたい。
会って触りたい抱きつきたいキスしたい。泣き言も言いたい、我儘も言いたい。
静雄に触ってほしいし、抱きしめてもらいたい。
ああもう会いたい。会いたい。

もう仕事も嫌で足も痛くて静雄に会いたくて、大声をあげて泣いてしまいたい。

這いつくばるような思いでマンションの階段を昇り、自宅玄関までどうにか辿り着いた。
がちゃり、と鍵をあけ盛大な溜息を共にドアをあけると、何故か玄関の照明がついている。


「あれ?消さなかったっけ」


一人暮らしは独り言が増えると思う。
しかし玄関だけじゃない、リビングも明るい。テレビの音がする。
それより何より、玄関に見慣れた男物の靴がある。

それは、つまり、


「おう、お帰り。今日は早かったな」


リビングの扉が開き、玄関で佇むわたしに降ってきた声は、今、心底渇望している人のもので、あまりにも唐突で思わぬ僥倖となった今、わたしは声の主を刮目する羽目になってしまった。


「し、静雄、なんで…」

「なんだ、来ちゃ悪いかよ」


少しむっとした静雄はリビングのドアにもたれかかった。

靴ずれがなんだ。
会いたくて会いたくて仕様のなかった人が今目の前に居る。
ヒールを乱暴に脱ぎ、リビングのドアに寄りかかる静雄目がけて抱きついた。


「うわっ、ちょ、どうした」


脱ぐときの潰れた靴ずれの痛みなんてもう気にならない。
困惑した静雄の声だって今日は気にしない。

だって、わたしは今、泣きたいくらいに幸せだ。

静雄、静雄、ただいま、ただいま、と彼に顔をすり寄せ繰り返し涙声で言うわたしの頭に静雄の大きな手が乗っかった。


「おかえり」


頭上から振ってくる声に、更に目の奥が熱くなる。
静雄だ、本物だ。
首に触れると暖かい。
口の端をぺろりと舐めるとあまい。

静雄はあまい。
甘いものが好きでよく食べているからか、静雄の口元を舐めるとあまい味がする、気がする。
小さい頃、泣いていると金平糖をくれた隣の家のお兄ちゃんを思い出す。
甘い甘い砂糖菓子でいつも容易く泣きやんでいたわたしは、やっぱり甘いもの好きに育った。


「静雄、あまい」

「あ?ああ、金平糖食ってた。今日もらったんだよ。食うか?」

「た、たべる!」


そうしてやっぱり、わたしはもう泣きやんで笑っているのだ。



終。

110421

今日は、昨日静雄の日だった日です。


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