文章
□アクセル全開、加速、疾走
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「あ、あの、ひ、ひとりで帰ります」
「はあ?何言ってんだ」
「だから、ひとで帰りますやっぱり!」
「…勝手にしろ」
そう言ってしずおくんはふいっと前を向いて歩きだした。
:アクセル全開、加速、疾走:
前を歩くしずおくんは、長い脚と広い歩幅でどんどん歩いていく。どんどんわたしとの距離が広がる。
夕方、高校からの帰り道、夕日はわたしたちの歩く方向へ落ちていって、しずおくんの影は長く長く後ろに伸びていた。
わたしは隣ではなく、せめてもと思いしずおくんの影の一番先っぽ、頭の部分からは後れを取らないようにと、速足でゆらゆら動く彼の頭についていくのに精いっぱいだった。
「おい」
突然声をかけられ、びくっとあからさまに身体を撥ねさせた。
「いや、しずおくんのかげなんてふんでないよっ」
「は?」
「だから、その、しずおくんの頭なんて踏んでないよっ必死についていこうと」
「やってることが陰湿だろうがああああ」
「ほんとに踏んでないよお!」
みしみしみし、と、あり得ない音を立ててあり得ないことに道沿いのガードレールが5cm浮いた。わたしの必死の釈明はまったく届いていない。
「ごごごごめんなさい!!」
「…何で」
「だって…だって…」
いつの間にかしずおくんが僅か数歩先というまさかの近距離にいる。
問い詰められているからか、かあ、とどんどん顔に血が上っていく。
心臓はさっきからばくばくとうるさい。
わたしを真っ直ぐ見据えるしずおくんの両の眼が見ていられなくて、わたしは少し俯いてしまった。
「…はっきりしろ」
怒っている。声が確実に怒っている。
シマッタ、と思い顔をあげるとしずおくんも俯いていた。
「し、しずおくんの隣歩くの、恥ずかしいんだもん」
「…は?」
今まで聞いたこともないようなしずおくんの間の抜けた声が聞こえてきた。
「それは、えっとだな、どういう意味、だ?…」
その抜けた声や問いかけに、わたしのリミッターは何故か壊れた。もう自棄になっていたともいう。ぎゅっとスカートを握り締め、ぎゅっと目をつむって、
「彼女みたいで恥ずかしいの!」
わたしは叫びに近い告白をした。
心臓はさっきよりもさらにどくどくとうるさい、うるさい。鎮まれ鎮まれ鎮まれ。
「と、隣歩くなんて、そんな、わたし、か、かかかか、彼…女…なんだけど、その、なんていうか、か、のじょ、って、もうしずおくん、かっこよくて見てられない隣歩けない…!!」
言った。言いきった。
めでたくしずおくんの彼女になれたのに、しずおくんが本当にかっこよくて素敵で、そんなしずおくんと付き合っていると思うと、恥ずかしくて恥ずかしくて見ていられないし隣も歩けなかった。
とうとう伝えてしまった。
しばしの沈黙。
おそるおそる目を開ける。顔を上げる。
見るとしずおくんは口元を手で覆い下を向いていた。心なしか肩を震わせているように見えるのは気のせいだろうか。いや、だんだん露骨になってきた。明らかになにかを堪えている。
ここは、やはり、怒っている、と考えるのがどう考えても妥当だ。
「ごごご、ごめんなさい、怒りましたかごめんなさいごめんなさい」
精一杯の気持ちを込めて謝った。
ああガードレールが飛んでくるのだろうか、最低でも殴られる。確実に。
覚悟を決めて身体を竦めていると、
「うぜえ。帰るぞ」
思ったより優しい声が降ってきた。
しずおくんはそう言って口元を覆う手で、ぎゅっと固く握られたわたしの手をめいっぱい引くものだから、わたしは勢い余ってしずおくんにぶつかってしまった。
掴まれた手と、ぶつかった肩。
瞬間、しずおくんと目が合い、ふっと綻んだしずおくんの少し赤い顔。
零距離確認。
あ、だめだ、わたし爆発する。
おわり
110402
しずおくんと高校生活を夢見てみました。
ええ、某爽やか漫画を読んだ後です。