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□It's ALL up to me!!
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朝起きたら燃えるゴミの日だったのに収集時間を過ぎていた。この前もそうだったので今日こそは、と思っていた。

コーヒーに入れる砂糖と間違えて塩を淹れた。流石に吹いた。昨日まではこの容器は砂糖だったはずだ。

あと少しで完成間近の報告書を、何故か消去してしまった。今日に限ってバックアップしてなかった。

つまり、ここ連日の俺は、世間一般的に言うところの、ついてない、状態であった。
なんとも、俺らしくない、と俺は心の奥底で思っていたのだろう。





:画一たる青:





入院とは果てしなく時間を浪費するものだと、自分自身体験してみて痛感する。
満身創痍級の身体では自分で出来ることなど限られており、看護師にベッドを起こしてもらうことを余儀なくされた。

外をぼうっと当てもなく見る。
窓から見える空はひたすら高く、晴れがましい程の快晴。蝉はそこら中で鳴いている。この真夏日の今日、俺はただ無駄に病室から外をみていた。冷房の効いた季節感のないこの病室では、外の景色は全く現実味を帯びない。外を歩く人は沢山見受けられるが、何故だか今日は、ああ沢山いるなあ、だとか漫然とした認識しか持つことができない。

不意に、病室のドアをノック、というか叩く音ではっとした。
はい、と返事をする前にドアは勢いよく開いた。こんな常識のないことをするのは彼女しかいない。


「臨也くん、約束通りお見舞い来てあげたよ!」


勢いよく開いた扉から現れた彼女は、鮮やかな青のカーディガンを着ていた。その青の鮮明さに一瞬、くらり、ちかり、と眩暈を覚えた。
両の手に花束やら果実やらお菓子やらを抱えた彼女は、器用にも、足でドアを開閉する。


「腐抜けた顔して、何してたの」


俺の意向などお構いなしに、彼女はお見舞いの品をベッド横にある椅子に積み上げながら俺に尋ねる。


「別に、ただ外見てただけ。病院って季節感ないなって思った」
「そうかもね」


ふうん、と大して興味もなさそうに彼女は適当に相槌を打った。
そして大して興味もない話を始めるので、こちらも適当に相槌を打ってやった。
窓際に座る彼女の青も、空の青に段々と近付いている気がする。彼女の纏う青と、空の青。輪郭がはっきりしなくなってきた。


一通り話したいことを話終えた彼女は、俺の薄い反応がお気に召さなかった様で、露骨に拗ねた表情をした。その表情で彼女が空から切り離され、彼女になった。そしてすぐさま、面白いことを思いついた、と言わんばかりに、これまた露骨に口角を釣り上げた。徐々に鮮明になっていく彼女。だがそれは俺にとっては全く良い予感はしない笑い方である。


「前失礼」


そう言うと、乱暴に靴を脱ぎ、起こされたベッドにもたれて起き上る俺の膝の上に馬乗りに跨った。瞬間、僅かな汗の匂いと、愛用のシャンプーの匂いが夏の外気に晒された高い体温に気化され立ちこめる。近い。彼女が実在している。外の現実味のない景色を背景に俺の視界に映る彼女は、空の青さとは確かに別物で、確かに実在している。匂いが、体温が。彼女の青から発生した現実感は、徐々に色々なものに波及する。ぼんやりとした輪郭ははっきりしてきた。そして指先まで。


「…何、誘ってるの?」
「うん」


目の前には何とも憎たらしい表情。彼女のこれから起こすであろう奇抜な行動を制しようと掴んだ腕は、湿っている。どうやら外は本当に夏のようだ。


「俺病み上がりなんだけど」
「勿論知ってるよ?」
「…何それ、性質が悪い」


盛大に溜息を吐き、露骨に眉を顰めた。


「臨也くんに言われたくないなあ」


非難の色を存分に含んだ俺の言葉にも、俺に馬乗りになっている彼女からは反省の色が全く伺えない。寧ろ物凄く楽しそうにわらっている。


「…犯すよ」
「おー、こわーい」


いつもなら俺がやる様な大げさな仕草は、やられる側はこんなにも腹立たしいものなのか。


「決めた、今度絶対泣かす」
「そう。いただきます」


彼女は全く躊躇うことなく制している俺の腕を振り払い、病院着の襟首を両手でがっ、と掴み、そのままぐい、と引き寄せる。唇が重なった。
前方に無理な加重で牽引されるその勢いで、俺の身体は悲鳴を上げた。


「…何なの、今日は。新手の嫌がらせ?」


悔しいことに痛くて動けない俺が居る。
悔しさなのか痛さなのか、最早良く分からないが、せめてもの仕返しに、と笑いながら彼女にキスされた唇を手の甲で拭ってやった。

その言葉と行動に彼女は俺の思いとは裏腹に、にこりと極上の微笑を俺に向け、気分は上々と言わんばかりに、


「うん、大丈夫そうだね。お大事に」


なんて後ろ手をひらひらさせながら帰って行った。


「……はは、全く、最低なのかよかったのか」


彼女にアドバンテージを取られてしまったこともだが、なによりたったのその一連の彼女の行動に、僅かな汗の匂いに、物凄く欲情してしまった俺が一番最低だ、と思えたときには、俺はしっかりと夏の暑さを感じ取ったように全身から汗が噴き出ていた。


「あー、夏って、暑いなあ」




終。


110226
・能動的〜の逆バージョンみたいになった
・書いたのは夏でした。パソコンから発見。そして真冬に書き直す。
・個人的には臨也は痔あたりで入院してればなおよい。

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