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□能動的三分間
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折原臨也という男の得体の知れなさがこの世の何よりも苦手だとわかっているくせに、彼の突拍子もない行動には惹かれているという事実。


「俺に君の3分間、くれないかな?」


そう言って砂時計をひっくり返した臨也さんの笑顔が、あまりにも好戦的だったものだから、大して後先考えずに返事をしてしまった自分を、今では激しく呪ってやりたい。


「…それくらいなら、どうぞ」





:能動的三分間:





突然の臨也さんの襲撃を、またしても受けてしまった。居留守を使いたくても使えなかった。あのインターホン攻撃と着信攻めに耐えられる屈強な精神力を、生憎わたしは持ち合わせていなかった。
観念してうちにあげると手土産と言って有名なケーキをくれたが、何が入っているか判ったものではないその物体を口にする勇気もわたしにはない。

そしてそこから延々といつものように良く意味の分からない話をしだす臨也さん。何故話し相手にわたしが選ばれているのか、いまだに分からない。早く帰ってくれないかな。無理かな、いつも2時間くらい無駄に居座るんだよねこの人。


「君は本当に俺に興味がないんだね」


漠然とただ相槌を打っていただけであったことがばれたようだ。もしかしたらもうずっと前から気づいていたのだろうか。
にこりと、それはもう傍目には落ちない女はいない、みたいに微笑んだ臨也さんの笑顔が無茶苦茶怖い。見事に整った綺麗なお顔が、見事に綺麗に微笑んでいて、底知れぬ恐怖感やら圧迫感やらに襲われる。こわい、下手に怒りをあらわにされるより全然こわい。今すぐマントル層まで穴を掘って避難したい。


「ご、ごめんなさい…!!今から真剣に聞きます…!!」

「俺に興味がないことは否定しないんだね」


俺傷ついちゃったよー、と飄々と言ってのける臨也さんは微塵も信じるに値しないことは学習済みだが、間違いなくここから、臨也さんは人権侵害だとか意味不明な主張とともに権力を振りかざしてくる。

何を考えて何がしたくてこのように襲撃を受けているのか、わたしはいまだに理解できていない。性欲をぶつけたいというわけでもなさそうで、いつもわたしには指一本触れずに帰っていく。いっそそういう対象であると明確な方が割り切っていて楽なんじゃないかと道を踏み外しそうになったこともあるがどう考えても間違いだと気付いた。

そんな思考の結果、こうやって毎回臨也さんを甘受しているわけなのだが。
今日の権力乱用は何だろうか。前回は一日呼び捨て体験だった。まったく、意味がわからない男だ。だから苦手だ。


「なら、こういうのはどうだろう?今日は3分でいい。ここにある砂時計の砂が全部落ちるまでの時間を、俺にくれないかな?そうしたら今日は帰ることにするよ」


そうして冒頭に戻る。




ひっくり返された砂時計はさらさらと音もなく落ちていく。落ちて積っていく砂が、着実に時間はすすんでいるのだと実感させる。


「3分間で、何ができると思う?」

「…カップラーメン」

「予想通りの答えをありがとう。そんな君に、今日は非常に有意義な3分間の使い方を教えてあげるよ」


臨也さんはそう言いながらわたしのほうへ近づいてくる。わたしの体内時計で20秒経過。


「い、臨也さん、わたしラーメンでいいです」

「そう?でも残念なことにこの3分間は俺の物なんだよね」


つまり、君には何の決定権もないんだよ、と、にこりと微笑んだかと思うと次の瞬間、腕を掴まれぐい、と引き寄せられて唇が重なった。31秒地点で起こったこの出来事に、わたしの体内時計はリズムを失った。

そのまま腰に手を回され、頭はがっちりホールドされた。挙句舌が入ってきた。
腕の中で必死に抵抗するもびくともしない。もしかして3分間このままなのだろうか。3分間がこんなにも長いものだとは知らなかった。
臨也さんのいいようにされ、時間は進んでいるのだろうかと心配になって砂時計を盗み見ようとしたら、服の下に手が入ってきた。流石にぎょっとした。


と、ここで、


「はい、3分」


何事もなかったかのようにぱっと手を放して、臨也さんはわたしから一歩後退した。

砂時計の砂は綺麗に全て落ちていた。




何もかもが突然すぎて思考は置いてけぼりだ。


「有意義だっただろ?続きがしたくなったらいつでも言っておいでよ。じゃあ約束通り俺は帰るから」


茫然とするわたしに満足そうな臨也さんは、背を向けて本当に部屋を出て行こうとしている。
呼びとめるのも変だけれど、何というか、このわたしのやり場のない感情はどう処理したらいいのか。


困惑を隠せないでいると、臨也さんは振り返って、


「ごちそうさま」


と、心底楽しそうにそう言い残して、今度こそ本当に出て行った。

沸々と湧き上がってくる怒りにも似た感情を今日は我慢なんかせず、床に転がっていたクッションを引っ掴み、臨也さんが出て行ったドアに向かって、意味を成さない言葉とともに全力で投げつけてやった。




「ほんとに死ね!!!」





終。



100617

お久しぶりです…!!能動的っていうか受動的。林檎さんが大好きなので許してくださいファンの方。
100620 辻子さんに感謝をこめて修正。

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