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□歩道橋ラブロマンス
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役者が3流で、筋書きが矛盾だらけで、第三者にはなんとも退屈な芝居であっても、このお話では、主人公二人はずうと一緒に、永久に幸せに生きて行けることを約束されているのだ。





:歩道橋ラブロマンス:





吐きだされた息は一瞬にして冷やされ、白い水蒸気となった。制服の隙間から時折冷えた風が入り込み、その度に軽く身震いする。マフラーだけでは厳しい季節になってきたようだ。
夕刻を過ぎ、池袋は終業した学生や帰宅途中のサラリーマンで溢れ返っていた。みなお互いに干渉することもなく、各々の目的の方向へと向かっていく。


「今日も一日学校疲れたなー」

「お前、寝てただけだろ。体育もさぼりやがって」


つぶやいただけの言葉に、頭一つ分以上高いところから声が返ってきた。隣を歩く静雄のほうを見れば呆れたと言わんばかりの表情でこちらをみていた。私は心底嫌そうに、


「この寒いのに誰が好き好んで長距離走なんてやるのよ。だいたい走るって行為は目的を達成するための手段に過ぎないのに」


と言えば、そうかよ、とさして興味無さそうに静雄は再び前を向いた。


いつからか、静雄の隣には私の居場所が形成されていた。それは私が渇望したものでもなければ、居るように強要されたものではない。
さしずめ、誰も近寄ろう、座ろうとしなかった静雄の隣に腰かけたのがわたしだったのだろう。どうして座ろうとしたのかはもう、思い出せないが。
そしてそんな何気のない場所は、いつしか私にとっての存在意義を提供してくれるようになった。静雄の隣は、どんな豪華な席より、尊いのだ。



確かに今日はさみいな。静雄は空を仰いで、はあ、と息を吐いた。すっげ、息真っ白だ。静雄は無邪気に息の白さを喜んで、私に笑いかけてくれた。少し、鼻の頭が赤くなっており、行動と相まって、さらに彼を幼くみせた。

私は、静雄と同じ時間を共有することで、彼の感性にシンパシィを感じたりできるこの時間が好きだった。
彼が何を感じて、どう表現して、どう消化してゆくのか。まだまだ沢山知りたいことがある。

静雄はこんなにも魅力的な人間で、そのことを知っている人間が少数であることに、私はいつも酷く安堵する。


「こんなとこに歩道橋なんてあったか?」


ふいに、静雄が尋ねてきた。空を仰いだときに視界にはいったのだろう。もう随分と古びた鉄筋の歩道橋を指差し静雄は初めてみたといった様子で尋ねてきた。


「ああ、あったよ。って毎日ここ通ってるでしょう」

「お前と一緒に帰ることが多いから下ばっかしか見てねえんだよ」


その発言、暗に私ばっか見てる、と取られかねないということを分かっていないに違いない。
無意識下のこういう無邪気な発言の破壊力の凄まじさといったらこの上ない。動悸がしてきた。顔も赤くなってきている気がしてならない。静雄の顔がまともに見れない。

おまえ、なんか変、と顔を覗き込んで訝しげな視線をよこすのはやめてほしい、視線が交錯なんかしたらどうなるか。

落ち着きのない私の様子で、どうやら言ってしまった発言の意味に気付いたらしい。

や、そういうわけじゃないんだ、お前ばっかみてるとか、変な意味じゃ、そうじゃない、や、そうか?そうなんだけど、だとか静雄もあたふたとし始めた。二人して、なんとも滑稽だ。若干の沈黙が、この上ない気まずい雰囲気をもたらす。


互いに言葉が続かない。


こんな現状を打破したのは、静雄だった。


静雄は、突然駈け出した。
わき目もふらず歩道橋を駆け上がった。

そして、一番高いところから体を乗り出し、私のいる地上へ向かって、



「好きだ!」



すきだ。静雄は確かにそう言った。叫んだ。

夕刻を過ぎても人が溢れ返っているこの池袋で、周囲の喧騒は並んで歩く時の会話域のヘルツすら飲み込むというのに。
静雄の、活字にしてたった3文字、この言葉だけは私の鼓膜を揺らした。音が電気信号と化して脳に伝播する。
そこまでして、ようやく理解した。彼は今、自分の中で発生した衝動つ突き動かされるままに、愛を叫んだのだと。この池袋のど真ん中で。
いつぞやに流行った映画のワンシーンがフラッシュバックする。


静雄、意外にロマンチストなんだ。


静雄の一世一代の往来での告白は、周囲の人間には到底関心のあることではなかったらしく、そもそも声すら私にしか届いていないのかもしれない。

ていうか、どうしよう。

このくらいの距離が丁度いいのだと思っていた。静雄が彼女を作らない理由も知っているし、そちらから、歩み寄ってこなければこの付かず離れずの距離はずうとこのままだろうし、それを甘受できると今は自負している。
少しでも近付けば、もっと、もっと、と物足りなくなってしまうに決まっている。
それに、心地良かった。彼を構成しているもののうちの幾許かを私が占めている自信もあった。

口約束の恋人になることで、あの席は、変に修飾されないだろうか。変な形容を受けないだろうか。


静雄は叫んだその場から微動だにしない。勢いで感情のままに動いたことを後悔しているのだろうか。聞こえていないといいと思っているだろうか。うつむいてしまっていた。

いつも感情のままに行動してしまい、それから後悔するところは、相変わらずのようだ。そんな自分の感情に素直なところだって、静雄の魅力のひとつなのだが。


さて、これからだ。

どうすることが最善かだなんて、所詮考えられる行動パターンは今までの自分の経験に基づくものでしかない。考えたところで出てくる答えなど類似している。
今回の静雄の突拍子もないこの行動の前では、私の希薄な人生での経験則など、なんの役にもたたないことは明白だ。そもそもこんなにも真っ直ぐにぶつかってこられたら、戦略だって意味をなさない。

どうすべきか、じゃなくて、どうしたいか。わたしも少しは静雄を見習ってみるのもいいんじゃないか。血が昇った頭ではどうやら、思考回路は冷静ではないのかもしれない。



だったら。


そこまで考え、私は顔をあげた。先ほどから制御できない心臓の拍動にリズミカルに後押しされるように、先ほどから湧き上がってくる暖かい気持ちに従順に。


そうしたら、あとはもう、歩道橋の上で居た堪れなくなっているであろう愛しくも可愛らしい彼のもとへ、とびきりの笑顔と最大限の愛情を込めたハグを届けにいくだけだった。




終。




20100422
ちょうかけない。静雄の日だったのに。ちょっといつか修正しますたぶん。静雄別人疑惑。ヒロイン考えすぎ子さん。悲惨。
静雄さんの日、ごちそうさまです!

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