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□前奏曲 ープレリュードー
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休憩時間になり社内の自販機の前を通りかかったら………あ、いたわ。
コーヒー缶を脇に置き、出窓の端で彼はエアピアノに陶酔していた。
よっぽど好きなのね。
私は面白くなって声をかけた。
「ピアノ、お好きなんですね。」
不意に声をかけられ、彼は驚きを隠せない様子でこちらを見た。
「え、あ、いや……ははは、また見られちゃいましたね。」
真っ赤な顔をした彼を見てクスリと笑ったら、彼は更に顔を紅くした。
「海外事業部の方だったなんて、随分とエリートさんなんですね。」
「え、エリート!?いや、違いますよ!部下に恵まれただけで、俺なんかホントに全くダメでして!」
「あの上司、仕事のできる人にしかあんな態度とりませんから、わかります。プロジェクト、がんばってくださいね。」
「あ、あの、志村さん!」
笑顔を残し、去ろうとする私を彼は呼び止める。
「はい、何か?」
「…あ、いや、いいです。何でもありません…。」
名前を呼ばれ私はドキッとさせられたが、その返答に落胆を感じながら
「そうですか、では失礼します。」
と言い残し、その場を後にした。
私…今、残念がった?
最近、自分の気持ちについていけない気がした。
数日後、また雨が降り、いつもの帰り道をいつものように歩いていく。
もうすぐあのガラクタ置場だわ…。
今日も居たりするかしら?
逢いたいような逢いたくないような…複雑な想いのまま、距離はどんどん縮まっていく。
あと数メートル…というところで顔をあげると、佇んでいる近藤さんが見えた。
コーヒー缶を口に付けながら、傘を片手にボーッとしており、その視線の先に、先日のピアノ(とも)の姿はない。
しばらくして、コーヒーをクビッと飲むと淋しそうな顔をしてその場を去っていった。
「志村くん、このデータと資料を海外事業部へ持っていってもらえる?」
「え!?海外事業部ですか?」
「至急頼むよ。」
断れるハズもなく、私は渋々足を運んだ。
先日のプロジェクトの一件から、海外事業部との接触が増えたが、昨日の今日だからあまり逢いたくない。
淋しそうな彼の顔がチラつく。
ノックをしても返事がないため、開けてみると誰もいない。
私は部屋に入り、困ったように立ち尽くしていた。
後ろでドアが開き、目付きの悪い男と近藤さんが入ってきた。
「だから近藤さん、そのデータ整理はまだかかるぜ!山崎にさせてるが、半分も到達してねーよ。」
「とりあえず俺が残りするから、お前とザキと総悟で生産管理部と試作部の状況把握とプロジェクトの進行状況を調べてもらいたい。」
「そりゃ、どちらかと言うとアンタの仕事じゃねーのか?」
「俺はデータ整理と同時に、プロジェクトの内容について再度洗い直す。まだ修正の必要があるから、エグゼクティブマネージャーにも掛け合わんとな。あ…。」
「あぁ?」
2人してやっと私の存在に気づいた。
「なんだ、アンタ?」
「志村さん。」
「近藤さん、知り合いか?」
「あぁ、ちょっと…。」
「ふーん。」
「どうしたの、志村さん?」
「あ、これ、お持ちしました。」
託されたデータと資料を渡すと、近藤さんがハッとする。
「あ、助かるよ。これでデータ整理、軽減だ。」
「あぁ?」
目付きの悪い男は不思議そうに近藤さんを見た。
近藤さんはどこかに電話を始める。
「あ、すいません近藤です。今日、半日志村さんをデータ整理人員として海外事業部へ来てもらえないですかね?」
…!!
「あ、本当ですか。助かります。はい、ありがとうございます。」
近藤さんは受話器を置く。
「え、あ、あの?」
突然のことで何が何やらわからない。
受話器を置いた近藤さんは、今度は私に向け手を合わせた。
「ごめんなさい、志村さん。俺たちを助けると思って、今日はデータ整理、手伝って!お願いします、後で謝礼は致しますので!」
「え、だって私…。」
「あぁ、そういうことね。なら俺たちはアンタの指示通りに動くよ。その方が効率よさそうだ。じゃまず、総悟を掴まえないとな…。」
目付きの悪い男は、ジャケットを片手に携帯をかけながら部屋を出ていった。
部屋には、私と彼だけが残る。