本文 1


□吾輩は虎鉄である。
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突風が吹き、化け物が怯んだ隙をついて猫は相手の眼に飛びかかる。

上手く食い下がり、相手は唸り声をあげながら、振りほどこうと懸命に顔を左右に振った。
しばらくすると、さすがにもたなかったのか、猫は飛ばされ木に叩きつけられる。

「猫さん!」


猫は地面に落ちるとすぐさま、体勢を整え逆側の眼を狙い飛びかかる。
その後も猫は何度も飛びつき、うい奴の身体のあちこちに喰らいつく。
しかしその度に振り落とされ、地面や木に叩きつけられた。




…お妙さん。俺に構わず、早く逃げてくれ!



猫である近藤の真意が伝わるワケもなく、妙は戸惑い立ちつくしていた。

とりあえずお妙さんをここから遠ざけなきゃ…。


近藤はお妙の傍に走り寄り、着物の裾を牽く。

「な、なに、猫さん?逃げるの?逃げるのね。」

この動作に猫の真意がわかったのか、妙は一緒になって走り出した。


相手はやたらにデカい生き物。
追いつかれるのは眼に見えてる。
でも逃げる意志を見せないと、妙は全く動きそうになかった。

2人で林の中を走り始め、数十メートル行ったあたりで早くも、うい奴に追いつかれそうになる。
少し先を行く妙を確認して、近藤は反転し、うい奴と対峙した。




来い、化け物!


また体勢を整え、傷だらけの猫はうい奴の喉元に喰らいつく。
うい奴は大きく唸り、前足をバタつかせ、喉元の猫を振り払おうとした。

しばらく喰らい続けていたが、身体が左へブレた瞬間、うい奴の前足で近藤は地面に押さえつけられる。


グハッ…。

体重差のある状態では、うい奴の前足をどけることも叶わず、近藤はうい奴の前足の下でもがき苦しんだ。


身体中の骨が軋む。
内臓が潰れされそうだ。
意識が遠退く…。


もう、ここまでか…!?




「猫さんを放しなさい、この化け物め!」



なんで…!?


逃げたハズの妙が、刀を向けうい奴と対峙している。


お妙さん…何で戻ってきたんだ!?


しかも妙の握っていた刀は、近藤の愛刀だった。


どうして、俺の刀を?



近藤を押さえ込んでいた前足が浮き、妙の刀とかち合う音をたてる。
近藤の身体は自由になり、うい奴の身体の下から抜け出すと妙を見た。
さすがに師範の腕前を持つだけあり、うい奴相手に応戦している。

しかし明らかに押され気味でもあった。
その時、木の根に足を取られ妙は尻餅をつく。



マズい!!



うい奴の前足が振り上げられ、妙にその一撃を浴びせようとするのがうかがえる。
咄嗟に近藤は妙とうい奴の間に飛び出し、うい奴の一撃を喰らうと、そのまま妙の胸元へ叩きつけられた。


「猫さん!」


うい奴の爪により、猫の背中には3本ほど、切り傷ができていた。


妙は傍らの刀と猫を抱きしめた。

「…どうして…なんで、どうでもいい時には、ウザいくらいまとわりついてくるのに、肝心な時にいないのよ!!」


妙の涙が猫の頭にこぼれる。


お…お妙さん?



「…誰か……誰か来て…。」



妙が珍しくすすり泣いている。





「…たす…け…て…、近藤さん…。」






猫の眼が見開かれた。
妙の胸元から飛び降り、またうい奴に向け威嚇を始める。


「猫さん、ダメよ!本当に死んじゃうわ!止めて!」





あなたを守って死ねるなら、本望です。



近藤は、身体中に残る力を振り絞り、今までにない殺気を放った。



来いよ、殺してやる!



全身の毛を逆立て、4本の足から出た爪は、大地に喰い込んだ。
牙を剥き、唸る鳴き声の気迫は小さな猫のものとは違った。


自分より明らかに小さいその生き物の気迫に、うい奴は怯む。


俺はてめぇなんかに負けねぇ。
たとえこの命が絶えても、この人だけは守ってみせる!


近藤の命がけの覚悟が、気迫をより強いものにした。



うい奴はさらに怯み、後ずさると、反転して林の中へ消えていった。
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