本文 1
□黒い風
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「てめぇら、大人しくお縄につきな。」
「冗談じゃねぇ!」
ひったくり犯は更にスピードを上げる。
「仕方ねぇなぁ。」
車が切れた瞬間、近藤はフルスロットルでスピードを上げるとひったくり犯の横をすり抜ける。
ひったくり犯は、単車の後輪がフッと軽くなったのを感じた。
「…!?、追い越して先回りする気か?」
犯人のいった通り先回りをすると身体を横に倒しながら、単車を大きく外に振り地面に左足をついて犯人と相対する形で方向転換した。
地面とタイヤがすれた、焦げ臭い香りと煙が辺りに漂う。
「チキショー。」
ひったくり犯は慌ててブレーキをかけ、反転しようとするが後輪にロックがかかりうまくできない。
後輪を見ると、タイヤに刀が突き立ててある。
それより驚いたのは、後席の仲間がいないことだった。
「あれ?アイツ、どこいった?」
ハッとして近藤の方を見ると、近藤の左脇に仲間がヘッドロックされていた。
「いつの間に!」
そうこうしている間に犯人の単車は制御不能となり、近藤の右脇を通り抜けようとしていく。
近藤は右腕を出し、ウエスタンラリアートを決めると犯人は吹っ飛ばされ数メートル手前の地面に沈んだ。
犯人の単車はそのまま走り、横滑りして止まると爆煙をあげた。
近藤は単車から降りて、もう一人の犯人の首根っこを掴む。
前から警察車両がやってきて止まると、中から見慣れた顔が現れた。
「近藤さん!」
「あれ?トシ、見回り?ごくろーさん。」
「ごくろーさんじゃねぇよ!大丈夫なのか!?」
「土方さんは、過保護ですねィ。」
「ウッセ、総悟。だぁってろ!」
2人のいつものやりとりに顔がほころぶ。
「13:34、ひったくり犯現行犯逮捕。よろしく。」
近藤はひっ捕まえた2人を投げ、土方と沖田の前に並べた。
「近藤さん!」
近藤はその声に驚く。
警察車両から愛しの妙が降りてきた。
「お、お妙さん!なんで?」
「乗せてきてやったんだよ。」
「土方さん、違うでしょ?脅されてたじゃねぇですかィ。」
「あんだと、総悟!ぶっ殺されてぇのか!」
いがみ合う2人を尻目に、近藤は妙に近づく。
「はい、お妙さん。」
近藤は妙のカバンを差し出し、いつもの笑顔を見せる。
妙は黙ってカバンを受け取った。
「あ、休憩終わっちゃった。」
近藤は腕時計で時間を確認すると、ちょっと残念そうな顔をした。
「しゃーねーか…。お妙さん、次回は付き合ってくださいよ?」
そう言って単車の傍に戻り、またがる。
「おい、近藤さん。どこ行くんだ?」
「え?どこって…これ借りモンだから、返しに行かないと。だから後頼むよ。」
近藤がエンジンをふかしはじめると、妙はスタスタと歩み寄ってきた。
「?」
「お礼にアイス、奢られてあげます。」
「え?」
妙は単車の後席に横座りして、近藤の腰に腕を回した。
今までにないほど妙が近く、自分に密着していることで近藤の身体は緊張してこわばった。
「お、お妙さん?いや、だって休憩終わったし、この単車返しに行きますから…道、戻りますよ。お妙さん家、逆でしょ?」
「私、家に帰るとは一言も言ってませんよ。あなたは休憩を返上して、ひったくり犯逮捕に働いた。後の始末はこの2人におまかせして、休憩を再取得しましょ。単車を返却したら、近くにある甘味処でアイス奢ってください。さぁ。」
顔は見えないが、放してくれそうにない妙の行動に、近藤は照れ臭そうに笑った。
「御意。」
短くそう言うと、近藤は単車を走らせ始めた。
妙は、太陽と埃の匂いがする黒い背中に顔をうずめ、いとおしげな表情をする。
「カッコよかったです。」
「えぇ?お妙さん、今、なんか言いました?」
「何にも言ってません!」
エンジン音が2人の会話をかき消した。
「近藤さん、単車の取り回しメチャクチャ上手いじゃねぇですかィ。あれなら姐さんもイチコロですぜィ。」
遠ざかる単車の2人を見ながら、取り残された沖田と土方は立ちつくしていた。
「近藤さん専用に単車買ったらどうです?」
「バァカ、見てなかったのか?」
「何を?」
「あの女、ただ惚れ直してただけだよ。もう堕ちてる。」
「まさかー?」
土方は含み笑いをしながら、へたりこむ2人のひったくり犯に手錠をかけた。