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□負けのジュース
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「はい、せんせ。」
「お、サンキュ。」
「あれ?みんな帰っちゃったの?」
「あぁ、辰馬と銀時は俺の貸したDVD観るのに急いで帰った。総悟とグラさんはデェト。月詠はバイトだって…後は知らん。柳生は部室で待ってるんじゃないか?」
「先生、まだ帰らないんですか?」
「あぁ、今からトシとやるんでな。」

同僚の土方先生はうちの高校の数学教師で、彼とは学生時代からの仲らしい。そして彼もまた剣道のできる人だった。


「見てても、いいですか?」
「え?やるって、トシとボーイズラブするんだけど、ほんとに見る?」
「え゙っ…マジで///。」
「うっそ……冗談に決まってんだろ。」
「んもー!!!」
「はははは…。」
先生は涙をため、腹をかかえて笑った。

「長くなるから、帰んな。遅くなるとご家族が心配するだろ?それに柳生が待ってると思うよ。」

「あ、そっか…九ちゃん!」
待っててくれてるんだ、忘れてた。
「先生、さよなら。」
「気をつけて帰れよ。」
私は慌て部室へ向かった。


「あ、妙ちゃん。お疲れ。」
「ごめんね、遅くなって。」
私は手早く着替え、九ちゃんと帰路についたが、途中、練習場を覗くと先生たちの真剣勝負が見える。

「あの土方先生見たら、女子は卒倒するな。」
土方先生はかなりの二枚目、硬派で女子の人気ナンバーワンなのだ。
でも私の瞳には、全く写っていなかった。



「妙ちゃん、どうすんの?」
「何が?」
「もうすぐ卒業だよ。」
帰り道、私たちは駅前のアイスクリーム屋で疲れをとっていた。
「だから、何が?」
「先生に言わないの?好きなんだろ?」
……。
私は顔を紅らめて俯いた。でも決して顔は喜んでいなかった。

「だって…先生だし…。」
「アイツ、モテないから落とせるよ?」
「そうでもないよ。あたしたちはあくまでも生徒だと、思う。」
「そうかなぁ…。」
「そうだよ…。」
自分で言いながらも惨めな気持ちだった。



選抜はよい成績を残し、個人戦でも私は準優勝した。
成績を褒められ、嬉しかったが卒業はもう目前。
残された時間はあと少しだ…私はどうしたらいいのだろう。


そうこうしていたら卒業式の日を迎えてしまった。
みんな各々にボタンを取ったり、取られたり、卒業を喜び泣いていた。


学校を出たら、もう簡単には先生に逢えない。切なさで胸が苦しくなる。

「よぉし、剣道部。最後の一勝負と行こうぜ。」
先生は卒業する部員に声をかけた。

「今日はこの紙に希望を書くこと…。俺は書いたから、さ、誰から来る?」
「よし、じゃあわしから行くき。」
坂本くんは名乗りを上げたが、あっさり負けた。
「はい、辰馬のはこれ。」
坂本くんは、指定の紙を開ける。

「なんじゃあ?“酒、飲むときは俺を呼ぶべし”?」
「いたって普通じゃねぇか?」
「下読め、下を。」
「あぁ゙?“但しオゴリ”て書いてあるきィ。」
「なにィ!この腐れ先公、年上のくせに何考えてんだ!」
「勝負とはそういうもんだ。さて銀時、てめェはどうする?」
「やってやろうじゃねぇか!積年の恨み、晴らしてくれる。」


坂田くんは気合い十分!
汗で滑って足を取られた先生から見事な一本を取った。
「ちょ、ちょっと銀時、今のはナシだろォ?」
「勝負とはそういうもんだ。」
先生が負かされた所は初めて見たが、皆笑い和やかな空気が流れる。
楽しかったなぁ、高校生活。楽しかったなぁ、部活。

「ほらよ、俺からの指令。」
「ちぇっ…。」
舌打ちしながら坂田くんからもらった紙を、先生は開けた。

「何だよ、これぇ?」
「約束だかんな。」
私は先生の手から紙を取り上げ見た。

“ハーゲンダッツ、100個”

甘党の坂田くんらしいわ…。


「さ、次はどうする?志村はするか?」
「もちろんよ!」


いつものように先生は片手で竹刀を握る。
この勝負、負けられない。負けたくない!だって、私の3年分の…いや、18年分の想いがかかってるんだもの。

私たちの勝負も白熱していたが、わずかな隙を先生は見逃さず、やっぱり私は負けてしまった…。

悔しい、泣きそう。
私は自分の書いた紙を胸にしまい、先生を見る。

「また、ジュースですか?」
「いやいや、そうじゃないよ。はい。」
手渡された紙を開ける。


……。

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