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□ドキドキする速さ×逢えない時間=一緒にいたい道のり
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化粧室へ向かう途中、カウンターにはこれまた落ち着いた雰囲気の美男美女が座っていた。
上流な上に外観までいいなんて、世の中不公平にも程があるわね。
あのゴリラは上流階級なのに、二物を与えられないよう、ちゃんと道理にハマっているだけエラいかも。
なんてワケのわからないことに感心して、私もヤキが回ってきたかしら?

「局長さんはまだなの?」
「もうすぐ来るさ。仕事が長引いてるらしい。全くバカ正直な男さ。
自分がトップなんだから適当に部下に任せてくりゃいいのによ。」
「仕事熱心なんて感心じゃない。」
「ま、モテない代名詞みたいな男だから、それくらいの取り柄がないと…。」
「まぁ酷い言い草ね。」
「別に俺は嫌いじゃないよ、性格的には好漢だと思う。ただバカが行きすぎて時折面倒なのさ。アイツも、そしてアイツの部下も。」
「やっぱり酷い言い草ね。」
「今回の君の働きで、ぜひこのあたりを改善していってもらいたいのさ。期待してるよ。」
「そんな大役、私にできるかしら?」
「大丈夫さ。言ったろモテない代名詞だって。陥落率は高いと思うがな…。
真選組を縁者にすれば何かと動きやすい。」
どこかで聞いたような話だと、化粧室前の観葉植物の横でこの2人のやり取りに聞き耳を立ててしまっていた。しかしその内容が私の知るあのゴリラのことだと分かり、胸がざわついた。

「お連れのお客様がおみえになりました。」
マネージャーらしき男がカウンターの男にそう声をかけると、男は振り返り手を挙げた。
「おぉ、こっちだ近藤。」
なぜか私の心拍数が上がる。
最近見てないせいだわ、そうよ。落ち着け、私!
ひと呼吸置いてから、視線を戻す。


「すいません、遅れちまって。」
頭を掻きながらゴリラは歩いてきた。
…ゴリラ…?
そこにいたのは私の知っているゴリラではなかった。

仕立てのよい、品のあるスーツを着た男。ゴリラの長身が活かされ、逞しい身体をしなやかに魅せる。
ゴツさやムサさは微塵も感じられない、年相応の落ち着いた大人の男性が立っている。
私は自分の頬が染まったのを感じた。

普段なら立ち上がっている髪をややたらし、大人っぽさの中にあどけなさが感じられた。
“かわいい”などと母性本能をくすぐられている気もした。

「ホントにだ。美人を待たせるなんて、お前には痛いぞォ。」
「ははは…すいません///。」

カウンターの美女は妖艶な目付きで、近藤さんの頭からつま先までを舐めるように見る。

「噂ってあてにならないわね。随分な男前さんが来たじゃない?」
女は悠然と近藤さんに微笑みかける。
「近藤、お前もやればできるじゃないか!いつもそうやってれば、副長や一番隊隊長なんか比じゃないゼ。」
「お2人して、からかわんでくださいっっ///」
褒められなれていない彼はそそくさと席に着いた。

「からかってなんかないわ。私は自分の感じた事実を言ってるだけよ。」
グラスを持ちながら、女は近藤さんの隣に座り直した。
「楽しい夜になりそう…。」
女の口角が上がり、赤い唇が弧を描いた。


私の胸がチクリと痛む。化粧室に入りもせず、逃げるように席へ戻った。
「気合い入れてきてくれたのかな?随分長かったね。」
私の中で目の前の人の存在はすっかり消えていた。
私ったら同伴中なのに、なに他人事で動揺させられてるのよっ!!
私は目の前のイケメンとディナーを再開させた。

……でもやっぱりカウンターの3人が気になる。距離があり会話は聞こえないが、女は明らかに近藤さんを陥落しようと執拗に彼にモーションをかけてるらしかった。彼の左腕に自分の右腕を絡め、近い距離で話し続けている。
それを知ってか知らずか、近藤さんの照れ笑いは続く。
女は皆に何か告げた後、席を立ち化粧室へ向かった。


「あっ私、弟に連絡したいことがあったんだわ。すいません、ちょっと失礼します。」
化粧室の前に公衆電話がある。
「妙ちゃん、俺の携帯使いなよ。」
「あ、お気遣いなく。」
足早に席を立ち、公衆電話へ急いだ。
受話器を取り耳に当てるが、無論新ちゃんに用はない。

「いい女だろ?」
「…あ…はい。」
「近藤、お前もいい歳だ。どうだ?あっちも乗り気みたいだし。」
近藤さんは視線を落とした。
男はホテルのカードキーらしきものをカウンターに置いた。
「あの方は身分もある。組にとってもメリットのある話だ。部下の処遇も変わるだろうし、何よりお前にも箔がつく。ヤクザみたいな扱い、お前もヤだろ?」
カードキーを近藤さんの前に滑らせる。
この男、とんだキツネね。
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