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□変奏曲 ーバリエーションー
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コトノオコリは昼休みの化粧室だった。
【変奏曲 ーバリエーションー 】
「ねぇ、ツッキー?」
「なんじゃ、猿飛?」
トイレに入っているおり、鏡の前に誰やらいるらしかった。
会話の中身から、それが社内きってのキレイどころ、秘書課の猿飛女史、月詠女史のようである。
「海外事業部って何階にあるの?」
「おんし、秘書課におりながらその程度のこともわからんのか?」
「えぇ。」
「海外事業部なら、うちのビルの13階じゃ。」
「そう。わりと近いのね、よし。」
「なんじゃ、うちは今、あそこの仕事は受けておらんぞ。」
「いいのよ、個人的な用のある人がいるの♪」
ご機嫌そうな猿飛女史の鼻歌が聞こえてきた。
「お妙ー、た、た、たいへーん!」
就業時間も終わり、仕事を閉めていたら先に帰ったはずの同僚のおりょうちゃんがまた仕事場に駆け戻ってきた。
「あれ?おりょうちゃん、帰ったんじゃ?」
「帰ろうとしたらとんでもないもの見ちゃったの!だから、おいで!」
おりょうちゃんは徐に私の手を引いた。
「ちょっ、ちょっとおりょうちゃん!なによ。」
「近藤部長が、公然と浮気してるわよ!」
…?
……。
浮気?
私は訳も分からず、ただおりょうちゃんに手をひかれ自社ビルのティーラウンジへ連行された。
浮気らしき現場はまだ続いており、おりょうちゃんの指差す先に彼はいた。
猿飛女史と……。
「ほらね。」
「ほらね、って…一緒にいるからって、浮気とはかぎらないでしょ?しかも公然と…仕事の話かもしれないじゃない。」
「あら、アンタ、余裕ね。」
「余裕とかそんなんじゃあ」
チラリと2人を見る。
猿飛さんは彼に近い距離まで迫り、何やら熱い眼をして懇願している。
近藤さんは苦笑し、頭を掻いている。
植え込みからこっそり様子を伺うが会話までは聞こえない。
何、話してるんだろ?
ほどなく、2人は席を立った。
猿飛さんは、近藤さんの手を取り顔を紅らめる。
「あぁっ!?」
おりょうちゃんが何ともいえない声を上げたので、私は咄嗟に彼女の口を手で塞いだ。
猿飛さんは、満遍の笑みでその場を後にし、残された近藤さんは、苦笑いのまま手を振り彼女を見送った。
「あれは、告白よ。彼、返事したのかしら?」
「お、おりょうちゃん…そんな藪から棒に。」
そう言いながら彼をみる私は、チクリと胸に黒い物を感じた。
「こんな時は気晴らしすんのが一番よ!ね、お妙。イイトコ行こ!」
「え?イイトコ?」
「そ、イイトコ♪」
ニッコリ微笑むおりょうちゃんに、私はあえなく連行された。
「おりょうちゃぁん、ワシに逢いにきてくれたんかぁ?嬉しいのぉ♪」
「んなワケないでしょ!アンタを呼んだ覚えはないっての!高杉さん指名したのに、アンタ勝手にヘルプ入んないでよ!」
「なぁに、照れとんじぁ。遠慮はいらんき。のう、高杉?」
「知らねーよ。それよりアンタ、何、飲む?」
「え、あ?じゃあ…水割りを。」
「水割り、な…。」
紫紺の髪をした綺麗な漢は、薄く微笑み私の注文した水割りを作り始めた。
「ちょっ、ちょっと、高杉さん!私にも聞いてよ!」
「おりょうちゃん、ワシが作っちゃるき、遠慮ばせんでぇ!」
「あぁー、もう、ウザいっっ!!」
おりょうちゃんとモジャ男は、変わらずじゃれ合っている。
なんだか微笑ましかった。
「それにしてもしけた顔(ツラ)だな。彼氏(オトコ)となんかあったのか?」
…!?
「ゲホッ、ゲホッ!」
私は盛大に咳き込んだ。
「な、何なんですか、いきなり!」
「ビンゴか?」
「え、あ、あのそれは…。」
「ま、どうせくだらない世の中だ。楽しめよ。彼氏(オトコ)なんかに振り回されてないで。」
眼の前に水割りを出された。
不敵に微笑む漢をチラリと見ながら、私は水割りを手に取った。