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□受難曲 ーパッションー
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…おもしろくないっ。
え、なにがって?
今の状況が…だよ。
【受難曲−パッション−】
我が社の社員旅行は忘年会を兼ねた泊まりのものだ。
近場の温泉地へ行ってどんちゃん騒ぎをする。
お決まりの歳末だ。
今年は少し遠出をして、海際の温泉地へ来た。
社内の人間たちは修学旅行さながら、わりかし沸いていた。
俺は例年、管理職組と酒浸りの徹夜麻雀コースだった。
しかし今年はかわいい彼女もできたことだし、ちょっとは違う志向が楽しめるんじゃないかと、浮き足立っていた。
……甘かった。
「おぅ、近藤。今年はなに賭ける?」
「いい酒取り寄せたんだ。さぁ、しこたま呑もーや!」
「いやー、この集まりがないと年が終わらないよなぁ。」
いつの間にやらいつものメンツに囲まれ、俺は敢えなく麻雀の間に連行されていった。
志村さん、何してるんだろ?
しばらくしてビールが呑みたいなどと嘘をつき、買いに行くフリをして席をたった。
いろんなとこで社員たちが各々に楽しんでいる。
温泉に向かう者。
温泉からあがる者。
ラウンジで呑む者。
夜景を楽しむ者。
ホールで語らう者。
…志村さん、どこだろ?
俺は彼女を捜した。
……いた。
しかも、営業二課の男共(ヤツら)と卓球なんぞしてる。
営業部二課といえば、社内でも海外事業部(うち)と張り合うほどの業績あげてるチームだ。
「じゃあ次は情報管理部(うち)先攻ね!」
彼女の同僚のおりょうさんが嬉しそうに宣言している。
「じゃあ次営業二課(うち)が勝ったら今度、呑み会しましょう。」
「営業二課からお誘い受けるなんて!勝負なんかなして、オッケーよね、お妙?」
「え、あ…うん。」
俺の額に青筋が立つ。
苛立つ俺をよそに、皆、楽しそうだ。
「近藤くん。遅いから迎えに来ましたよ。」
「えっ!?」
後ろに同期の佐々木がいた。
「なにしてんの?ビールは?スーパードライ、買ってくれた?」
「あ、うん、買ったけど…。」
「あれ?卓球ですかぁ。楽しそうですねぇ。情報管理と営業二課(うち)のバトル?秘書課もいいけど、情報管理も噂通り粒ぞろいですねぇ。社内でも人気が高いと聞きますから……。」
「え、そ、そーなの!?」
秘書課は猿飛女史や月詠女史をはじめとする美女かつナイスバディ揃いの社内きっての高嶺の花。
そこに並ぶのか!?
しかも相手は…。
「若いっていいですねぇ。」
……若い…か。
俺は少し胸を抉られたような気がした。
「さ、行きますよ。近藤くん。」
「あぁ…。」
去ろうとした時、志村さんがこっちを見た。
瞳が合ったが、俺はどうすることもできずそのまま佐々木を追いかけた。
しこたま呑んだ。
「じゃあお開きにするか。」
「今年は徹夜じゃないんっすか?」
時計は2時30分すぎをさしている。
「さすがに俺たちも、もう若くないってことかな?」
佐々木や俺は早い管理職着任というのもあり、他の面々は50歳前。
「今年も楽しめたし、終わりにすっか。」
「しかし珍しいな。近藤が負けるなんて。」
「心ここにあらず、でしたもんね。近藤くん。」
「うっ…。」
佐々木が余計な水を差す。
「なんのことだ、近藤?」
「いや、別に。」
「じゃ、酒代はみんなお前持ちね。あと、よろしく。」
部屋には俺と佐々木が残った。
「余計なこと言うなよ、佐々木。」
「いーじゃないですか、あんな若い娘さんと付き合ってるんですから、むしろ羨望の眼差しでしょう?」
「えっ!?な、なんのことだよっ!」
「情報管理部の志村さんと付き合ってるんでしょ?」
ヤツは浴衣の懐からiphoneを出す。
「サブちゃんの情報網をなめないでくださいね。」
「…友達少ないくせに…。」
佐々木はニヤリとする。
「海外事業部(おたく)のトシにゃんに、メール返信するように注意しといてくださいよ。」
「そんな呼ばれ方して、トシが正気でいられるかよっ!ところでお前の幼な妻は元気か?」
「あぁ、信女さんですか?あんな漢所帯でも、あいかわらずドーナツ主食にがんばってますよ。というか、近藤くん。誤解があるようですが、彼女と私は上司と部下ですから、妻とかそんなんじゃ。」
「あんな無関心そうな娘(こ)が、お前にはちゃんとついてきてくれてるじゃん。しかもあんな部署で。それが答えだろ?お前だってまんざらじゃなさそうだし…。」
佐々木は押し黙る。