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□へそまがりの入門
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とかく世間に吹く風は冷たい。
とくに俺みたいな親なしの餓鬼には…。
だから誰も信用ならねぇ。
【へそまがりの入門】
「総ちゃん、どこか具合でも悪いの?」
狭い家で、朝からゴロゴロしている俺に姉上は心配そうに声をかけてきた。
「別にィ…。」
大好きな姉上に心配や迷惑かけたくないけど、外にいると世間てやつの好奇の眼にさらされて面白くないから、家を出たくなかった。
両親が亡くなり、もう1年ほど経つがここんとこ、引きこもり状態だ。
「私、伯母さんとこの手伝いしてくるわね。お昼ご飯は用意してあるから…ちゃんと食べるのよ。」
「あ、うん。ありがと、お姉ちゃん。」
姉上は俺の返事を聞くと優しく微笑み、でかけていった。
日中することもなく、たまに庭で落ちている木を刀よろしくとばかりに握り立ち回ってみるが、一人じゃ大しておもしろくもない。
夕方近くになり、夕焼けがキレイだったので、近所の河原にでかけたくなり久々に門を出た。
案の定夕焼けは美しく、家族皆で見た時のことを思い出させた。
彼岸花が土手にそよぎ、その赤を打ち消すような赤い太陽が家々の立ち並ぶ場所へその姿を隠そうと沈みつつある。
「父上…母上…。」
7歳の俺に、親を恋しがるこんなかわいい面があるとは…自分ながらに驚かされる。
「あ、親なしだ!」
道の先から数人の餓鬼に声をかけられた。
しまった…一番会いたくねぇ連中にでくわしちまったゼ。
「何、やってんだ、親なし、こんなとこで?」
ガキ大将らしきヤツが得意気に俺に声をかける。
俺はジロリと睨むが、そのあと無視を決め込み、その場を去ろうとした。
「あんだよ、聞こえてんのか?お前の姉ちゃんも大変だよな…こんな引きこもりの意気地無しが弟じゃあ。」
俺は歩みを止めず進んでいく。
「まぁ、あの姉ちゃん、ボーッとしてるから気にも止めてねぇか…。」
「そうそうわかってないって!」
「ははは。」
血が沸いた。
俺のことならいざしらず、姉上を悪く言うのだけは我慢ならねぇ。
俺は踵を返し落ちている木を拾うと、相手めがけて一突きを放った。
ガシッ。
俺の一突きは相手の喉を粉砕する予定だった。
!?
俺とガキ大将の間に、大きな若い男が立っており、俺の突き出した木を片手で握り、ガキ大将の手前で止めていた。
「え!?」
「はい、そこまで。」
いつの間に…?
「な、なんだよアンタ。…てか親なし、アブねぇだろ、てめぇ、何すんだよ!」
その声と同時に俺の握っていた木が音を立て折れる。
くだけた木片が辺りに飛び散り、地面に鮮血も飛び散っていた。
木が砕けたことで流れ出た彼の手からのもののようだ。
俺もガキ大将もそして周囲も、驚いてその様子を見た。
「こんなことされるような挑発しといて、よく言えたもんだな、え?人を傷つけて、そんなに楽しいかい?なんならお前も親無しの仲間に入れてやろぅか?」
男は腰の刀を少し抜く。
抜かれた刀が異様な光を放ち、彼の殺気だった視線は俺たちの悪寒を誘うのに充分だった。
驚いた餓鬼どもは、アッと言う間に辺りへ散って行く。
俺は呆然としていたが、不意に頭の上に手を置かれた。
「いい身のこなしだね。誰かに習ってるのかい?」
「うぅん。」
俺は頭に置かれた手が恥ずかしいので俯きかげんに、否定をした。
でも撫でられている感触に心がホッとしているのも事実だった。
なんて暖かいんだ…。
「我流かぁ…大したもんだな。」
顔をあげると、彼の笑顔が瞳の入り更に心が温まる。
「でも…。」
不意に彼の表情が憂いを帯びる。
俺はその表情に…瞳の奥に映るものにドキリとした。
彼は懐からてぬぐいを出すと、血を拭き手に巻き始め、言葉を続ける。
「傷つく気持ちも、辛いのもよく分かるけど…他者(ひと)を傷つけるのはよくないよ。自分の身体を使って闘うんじゃなくて、武器を使って闘うならそれなりのやりとりを覚悟しなければ、只の卑怯者だよ。」
突然割り入って、わかったようなことぬかしやがる、といつもの俺ならそう言い放っていただろう……でもなぜかこの人には逆らえない。
そんな気持ちにさせられた。
この人は俺以上に深い哀しみを持っている…子供ながらにそれを感じた。
「すいやせん…。」
「謝らなくてもいいよ。腹が立つのは充分わかるし、守りたい人があったんだろ?よくがんばったね。」
ニカリと笑う顔に俺は遠い日の父上を見た。
柄にもなく声をあげ泣いた。
今まで我慢していた悔しさや哀しさが一気にこみあげてきたのだ。
彼はゆっくり俺に近づき、包み込むと背中をポンポンとたたいてくれた。
それが余計に俺の気持ちを溢れさせた。
なんて漢(ひと)だ。