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□おいてけぼりの恋
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月が天高い位置で江戸の街を照らしている中、近藤は屯所への帰路についていた。

「いてててて…今日のお妙さんもスゴかったなぁ。あいかわらず、照れ屋さんなんだから…。」

今日も最愛の人に力一杯愛のムチを受け、痛々しい道中であった。
しばらく歩くと暗い路地から視線と気配を感じ、足を止める。


「んなトコにいねーで、俺に用なら、顔くらい見せな。」

その影がビクッと揺らぎ、ゆっくりと路地から出てくる。

「なんだ、バレてたのかぁ、つまんねーの。それにしても、天下の真選組局長が、夜道を一人歩きたぁ随分と無用心だな。」
「そうでもないさ。いつものことだよ。」
「変わらねぇな、勲。」

……!?




【おいてけぼりの恋】




近藤は眼を丸くした。


「竹…助?」
「よォ、幼馴染みのツラも忘れちまったのか?」

男の名は梅本竹助。近藤の幼馴染みで、武州の豪商の跡取り息子であった。

近藤の表情はパッと明るくなり、竹助へ歩み寄る。
「竹ェ、なんでここに?いつ来たんだ?久しぶりだなぁ。」

「あぁ、ちょいと仕事でね。しかしまぁお前が、こんなに偉くなるとはなぁ。」
「いやいや、俺が偉くなったんじゃなくて、仲間が築いてくれた上に俺が座ってる、てだけさ。」
「ほんと、あいかわらずだな、お前は。」
「お前も変わらないよ。仕事はどうだ?親父殿はお元気か?」
「仕事は順調さ。親父は2年前に死んだよ。」
近藤は一瞬ハッとしたが、、のちに寂しげな表情を見せる。
「ごめん…知らなかった。松助殿には、随分世話になったのに…お参りもせずに。」
「いいんだよ、元々身内だけでするよう言われてたからさ。それに忙しい局長殿に、来ていただくワケにはいかねぇだろ?気にすんな。」
「そっかぁ…残念だよ。じゃあ跡取りとして、忙しくやってんだな。松助殿は武州でも随一の商人だったから、いなくなると何かと大変だったろ?」
「最初のうちはな。でも今となっちゃあ、そのおかげで、新しい仕事がやりやすくなったよ。」
「新しい仕事?」
「今、とある人たちを相手に取引してる。なかなかといい稼ぎになるし、俺もその人たちを支援してる。だから江戸での取引もしょっちゅうなんだ。」

近藤は怪訝な面持ちとなる。
「支援?」
竹助の口の端が、つり上がった。
「攘夷派さ。」
「!?…攘…夷って、お前。」
竹助は瞬時に刀を抜き、近藤の喉に突き立てる。
近藤はそれ以上の速さで、竹助の刀を鞘で封じた。

「さすがだな、勲。簡単に首はもらえねぇか…。」
「…なんで、そんな奴らと…。」
「言ったじゃねぇか、いい稼ぎになるって。それにこれは俺なりの復讐さ…。」
竹助は近藤を見据え、鋭い眼光を放った。
「復讐…?」
「アイツは今もてめェに惚れてる。」
近藤の瞳孔が開いた。

「お前はよォ、とぼけたツラして俺の欲しいものを皆持ってっちまう。」
「竹ェ…。」
「俺はてめェを許さねぇ。てめェから全て奪ってやる。」
竹助は刀を引くと、鞘に納め、再び闇へと消えていく。

近藤は拳を握りながら、茫然とその背中を見送ると、振り向かず右後方の路地にチラリと眼をやった。

「なんだ仕事帰りか、ザキィ?」

人影がビクリと揺らぐ。

「はい、池田屋残党の洗い出しの件で…。局長、今の…。」
「悪いが、この事は誰にも口外しないでもらいたい。」
監察衣の山崎が歩み寄る。
「で、でも局長ォ!相手は攘夷志士と…。」

「これは俺の私事も絡んでる。今はまだ、何もせんでほしい。」

「副長にも沖田隊長にも、伏せておくおつもりですか?」

近藤はゆっくりと月を見上げ、ため息をつく。

「なぁに、そのうちオオゴトになって知れちまうよ。」




明け方、土方はいつもの朝稽古に、と道場へ向かい歩いていた。誰もいない静かなこの時間に集中して稽古できるのが、この上ない楽しみだ。

だが、道場の前まで来て、いつもと違うことに驚いた。

「近藤さん…アンタ、何してんだ?今日はあの女の所に行かなかったのか?」
近藤は毎朝、土方よりも早く起きて朝稽古を行い、土方が来る頃には恒道館へ向かうのが日課となっていた。

「あぁ、今日はなんとなく。」
「ふーん。珍しいこともあるもんだな。槍でも降るか?」
「はは…そりゃあんまりでないの、トシくん?」
近藤は力なく笑った。

「そうだトシ、久しぶりに手合わせしねぇか?」
土方はキョトンとした顔で近藤を見る。
「何だよ、急に。」
「たまにはいいじゃん。」
「あ、あぁいいけど…。」
土方は竹刀を握り直した。



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