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□協奏曲 ―コンチェルト― side 臆病なアラサーオトコ
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梅雨に入って雨続き。
今日の予報では雨のち晴れ。
雨のち晴れなら、夕方にはあがるだろうと、不精をした。
これが仇になった…。
未だに小雨が、道路に波紋を作っている。
適当な軒下で佇む俺がいる。
今日はついてないな。
早帰りデーのはずがいつ帰れるのやら…。
【協奏曲―コンチェルト―
side 臆病なアラサーオトコ 】
雨はやむ気配がない。
はぁ、ほんとついてない。
借りてきたDVDを肴に一杯やろうと思ってたのなぁ。
優雅な独身貴族と言われ続けているが、フタを開ければ虚しいもんだ。
独りでDVD観たって、独りで酒呑んだって、大しておもしろいハズもねぇ。
わかってる…わかってるけど……俺にはどうしようもできない。
そんな想いで、頭を悶々とさせていると、1台の白いフィットが、眼の前で停車した。
……ん?
リアウィンドウが静かに開く。
「こんばんは。」
声をかけられ、俺はハッとした。
「こ、こんばんは。ビックリした、志村さんでしたか…。」
可愛らしいポニーテールが揺れ、彼女は微笑んだ。
情報管理部の志村妙さんである。
「傘、お持ちじゃないんですか?」
「あぁ、夕方から晴れると思って…。」
「そうですか。よかったら乗っていかれます?お宅までお送りしますよ。」
えっ…。
「いやぁ、そんな悪いですよ。」
「遠慮なさらずに、ご近所さんなんだし…。」
俺は彼女の顔をチラリと見た。
彼女は俺に向けニコリと微笑む。
俺たちは、数ヵ月前雨のゴミ置き場で出会った。
彼がたまたまゴミ置き場で見つけたピアノで遊んでいたところを、偶然彼女に目撃されてしまったのだ。
それから仕事を助けてもらったのをきっかけに、月に1〜2回一緒に食事をするなど、友達に毛のはえたくらいの関係を維持している。
彼女はどうか知らないが、意識してないと言えば嘘になる。
でも俺よりかなり歳下な彼女。
こんなに可愛いけりゃ、オトコがほっておくはずもない。
俺の部署をエリートだとも言ってた。
大方俺なんて、いいスポンサー。
数あるうちの1人なんだろうなぁ。
でも、まぁ一緒に時間を過ごしてくれるだけでも、マシな位置にいるのかなぁ?
「す、すいません…じゃあお言葉に甘えて…。」
俺はいろんな想いを巡らせながら、彼女の優しさに甘え助手席に座った。
「今日は早かったんですね。」
「え?」
「だって海外事業部って、いつも遅いイメージがするんですもの。」
「あ、ははは。やっぱり?今日は週1の早帰りデーなんです。」
「そんな日があるんですか?」
「じゃないとうちの連中、帰らないんですよ…。独身男ばっかなのに、浮いた話ないし…みんな仕事熱心で…ほっとくと会社に住んじゃう勢いなんですよ。」
彼女は急に吹き出した。
「ご、ごめんなさい。なんかほんと、私生活は味気ないなぁ、て。皆さん、お仕事はとってもできる方ばっかりなのに…。」
「ほんと…アイツらときたら…。」
仕事ができて、トシや総悟くらいオトコマエならそんな生活してても大して心配も虚しさもないんだろうけどなぁ。
アイツら、なーんか楽しそうだし…。
生まれつきのオトコマエとしがない庶民オトコの違いかな?
なっさけねー。
同僚を妬んでるぜ、俺。
「あなたもでしょ?」
え?
俺の心の声に返答されたみたいで、ビックリして俺は眼を丸くした。
まさかな…。
でもアイツらと俺を一緒の位置に見てくれてんだ。
優しいな…君は。
「たしかに…。」
俺は彼女に向け、柔らかく微笑んだ。
彼女は驚いた表情をし、少しボーッとしている。
「志村さん、志村さん…?」
声をかけ続けると、彼女はハッとした。
「大丈夫…です…か?」
「す、すいません。ちょっと考えごとしちゃって…。運転はちゃんとしてますから。」
疲れてるのかなぁ?
でもこのままかえすのは惜しい気がした。
「お疲れみたいですね?」
「え?」
「夕飯は?」
「いえ、まだ…。」
「もし時間あるなら、お礼に奢ります。」
「え、でも…。」
彼女にどまどいの表情が見える。
やっぱ迷惑だろうか…。
いや、ダメモトだ!
久々のチャンスだしな。
「パワハラしちゃお。上司命令です。」
俺はそう言ってニカリと笑った。
そんな俺を見て、彼女は無言で頷いた。
断られなかったことに、俺はホッとしたが、同時に少し後悔もした。