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□協奏曲 ーコンチェルトー
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梅雨に入って雨続き。
最近、マイカー通勤を始めた。
今日の予報では雨のち晴れ。
もうあがってもよさそうなのに…。
小雨がフロントガラスを叩いていた。
【協奏曲―コンチェルト―】
帰路に向け、通りを走っていると、見慣れた人が眼に入る。
傘がないのか、軒下で佇む長身の男性。
静かに車をつけ、リアウィンドウを開けた。
「こんばんは。」
声をかけると、彼はハッとする。
「こ、こんばんは。ビックリした、志村さんでしたか…。」
照れくさげに笑う彼。
海外事業部部長・近藤勲さんである。
「傘、お持ちじゃないんですか?」
「あぁ、夕方から晴れると思って…。」
「そうですか。よかったら乗っていかれます?お宅までお送りしますよ。」
「いやぁ、そんな悪いですよ。」
「遠慮なさらずに、ご近所さんなんだし…。」
彼は私の顔をチラリと見る。
私は彼に向けニコリと微笑む。
「す、すいません…じゃあお言葉に甘えて…。」
頭を掻きながら、彼は乗車してきた。
「今日は早かったんですね。」
「え?」
「だって海外事業部って、いつも遅いイメージがするんですもの。」
「あ、ははは。やっぱり?今日は週1の早帰りデーなんです。」
「そんな日があるんですか?」
「じゃないとうちの連中、帰らないんですよ…。独身男ばっかなのに、浮いた話ないし…みんな仕事熱心で…ほっとくと会社に住んじゃう勢いなんですよ。」
浮いた話ねぇ…。
私は吹き出した。
近藤さんは苦笑いする。
「ご、ごめんなさい。なんかほんと、私生活は味気ないなぁ、て。皆さん、お仕事はとってもできる方ばっかりなのに…。」
「ほんと…アイツらときたら…。」
「あなたもでしょ?」
そう言ってやると、彼は眼を丸くした。
「たしかに…。」
そして笑う私を見て、柔らかく微笑んだ。
そのまなざしに、私はドキリとする。
私たちは、数ヵ月前雨のゴミ置き場で出会った。
彼のピアノ演奏に魅了された私。
それから特に、何があったわけではない。
月に1〜2回、彼の演奏を聞きに行ったり、一緒に食事をしたり、と友達に毛のはえたくらいの関係を維持している。
意識してないと言えば嘘になる。
でも私よりかなり歳上な彼。
きっと私なんて、数ある女友達のうちの1人なんだろうなぁ。
だから今のままでいるしかない…。
私じゃ…私なんて…。
「……さん、志村さん…?」
声をかけられ、私はハッとした。
「大丈夫…です…か?」
「す、すいません。ちょっと考えごとしちゃって…。運転はちゃんとしてますから。」
「お疲れみたいですね?」
「え?」
「夕飯は?」
「いえ、まだ…。」
「もし時間あるなら、お礼に奢ります。」
「え、でも…。」
「パワハラしちゃお。上司命令です。」
彼はそう言ってニカリと笑い、私は無言で頷いた。
高級ディナーをしっかり堪能すると、再び私の車に乗り込んだ。
「ごちそうさまでした。いつも高額なディナーをすいません。」
「なんの、なんの。独身男にはありがたい機会です。味気ないコンビニ弁当を1人で食べるより、美人とフレンチ食べれる方がどれだけ有意義なことか。」
「まぁ、お上手ですこと。」
彼は優しく笑う。
「さ、帰りましょうか。」
そう切り出され私の胸がチクリとした。
いつまでこんな関係が続くのかしら?
私は一体、あなたにとってなんなの?
そんな想いがよぎる。
「あ、あの…。」
「はい?」
「私の気晴らしに…お付き合いいたただけませんか?」
意を決したように私が切り出すと、彼が一瞬驚く。
しかしすぐにこやかな表情になる。
「いいですよ、どちらへ?」
「海に…行きませんか?」
「喜んで…。」
私はホッとして、車を海へ向け、走らせた。
いつの間にか雨は上がり、曇り空の隙間から月光が指している。
私たちは車を降り、防波堤に座った。
たわいもない会話で、盛り上がる。
仕事でヘマした話。
友達と合コンで恥をかいた話。
上司の愚痴。
弟のチャランポラン上司の話。
私が喋りに喋りたおしていると、時間はあっという間に経っていく。
彼が時計をチラリと見た。
「ごめんなさい、私ったら1人でベラベラと…。」
「いえ、楽しいですよ。」
ほんとは疲れてるんでしょ?
週に一度の早帰りデーなのに…帰って休みたいんでしょ?
そう思うと、彼の優しさが切なく感じられた。