本文 1


□花火
1ページ/2ページ



「お願いします。近藤勲、一生のお願いです。どうか、どうか俺と…明日の花火大会に一緒に行ってください!」

「イヤです。貴方の一生のお願いは一生のうち何度あるんですか…。止めてください。絶対イヤ、行きません。」

「お妙さーん…。」


いつもの如く妙を執拗にストーキングするこの幕臣は、ボックス席で接客する彼女に詰め寄り必死に訴えている。


「そこをなんとか…アイスでもドンペリでも望み通り入れますから…。」


その手には乗らないわ。


「貴方、警備(しごと)でしょ?」

「大丈夫!今年はトシが総指揮を取ってくれて、特休なんです、俺!だから…。」

「あ、悪りィ近藤さん…。」


背後から声がした。


「へっ?」
「?」

驚いた近藤と妙は声のする方を見る。

そこには隊服を着た近藤の片腕がタバコをふかしながら立っていた。





【花火】






「ト…トシ?どしたの?」

「警備は俺たちがするけど、アンタに整理してもらいたい書類があって、締め切りが明後日なんだよ。」

「え゙…。」

妙は烏龍茶をすすりながら2人の問答を眺めていた。

「じゃ、じゃあそれまでにやっちゃえば、予定通り非番になるんだよな?」


鬼の副長は、タバコを放すと紫煙を吐いた。


「それができれば…の話だがな。」
チラリと近藤を見た副長は、隊服を近藤に投げつけた。


「仕事だよ、大将。攘夷志士のアジトに乗り込んだ隊士が、苦境にたたされてるらしい…。」

それを聞くと近藤の顔から笑顔が消えた。


「場所は?」


「アンタの予想、ドンピシャだったよ。」

「そうか………わかった。」

近藤はそれまで口をつけていた水割りを置いて席を発つ。

「ごちそうさまでした、お妙さん。」


彼はそう言って、ボーイの持ってくる伝票にサインをし、歩き出した
呆然と見送る妙を、土方はチラリと見る。
その視線を感じ取った妙は、咳払いを一つしてそっぽを向いた。







花火大会は大にぎわいだ。
チラホラ見える警備中の真選組の姿を横目に、紫陽花柄の浴衣を着た妙は、新八と歩いていた。
無論、チラホラの中に近藤の姿はない。
いつの間にか、妙は真選組の隊服を眼で追ってしまい、そんな自分に顔を紅くした。


「スゴい人ですね、姉上。」
「そ、そうね。」
「姉上、顔紅いですけど…大丈夫ですか?」

「な、なんともないわ、心配性ね…新ちゃんったら。」

その時、空を色の華が舞う。
2人して見上げる空に紅や蒼の色が光り、辺りを染めた。



必死に自分に懇願する近藤の顔と、隊士の大事を聞いて表情を変える近藤の顔が交錯した。



「昔はよく、父上と来ましたね。」

「そうだったわね。」

「姉上、悩み事ですか…。」


突然の弟の台詞に、妙は驚いた。

「な、なんで?」

「いやー、なんかうわの空って言うか…心ここにあらず、て言うか…。」

「そんなこと…。」
「よこすネ、私のリンゴ飴ヨ!」


妙の言葉を遮るように、前から騒ぎ声がしてくる。

「なんでィ、これは俺んだ!」

両脇に銀時と土方を置いて、沖田と神楽が言い争いをしていた。

「総悟、止めとけ。勤務中だぞ。」

「神楽ちゃーん、今月金欠だから…買うとは言ってないよ。」


「あ、銀さんに神楽ちゃん。それに土方さんたちまで。」

「よぅ。」
「お、ぱっつぁん。」

「あ、新八。お前からもこのサドに言ってやるネ!このリンゴ飴は私のって…。」
「違うってっんだろ!おいダメガネ、よくしつけとけ、このチャイナ。」


そんないがみ合いの最中、また花火があがる。
皆が手を止め、しばしその美しさに眼をやった。



光が散り、消えゆく時、妙はまた憂鬱な表情を見せた。












遠くで花火の音がした。
近藤は障子に眼をやり、口の端を少し上げると、また書類に眼をやった。


「局長…。」


障子の向こうから声がする。


「お、ザキィ、お前も書類組か?」

障子がスッと開いた。

「俺はさっき済みました。今から市中の見回りに出ます。会場は副長と隊長を中心に5番隊まで出てますから…残りで市中に行ってきます。」

「そっか、悪いな。気をつけてな。」

「局長、少し休まれた方が…。」

「俺は大丈夫だよ。お前らこそ…悪いな、しんどい時に。」

昨日のアジトでの闘いは、幹部の参戦により無事解決した。
しかしそれによる被害や後処理が立て込んでおり、負傷承知で皆、働いている。

無論、近藤も同様であり今に至っている。
包帯だらけの身体で、山のような書類と向かい合い、26時間耐久勤務に差し掛かろうとしている。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ