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□梅の雨
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江戸には梅雨という時期があるネ。
梅が降るわけではなく、やたらと雨が続くアル。
私たち夜兎にとっちゃ、太陽は天敵。
だからありがたい気もするけど、あまり雨続きも、気分がいいものじゃないネ。
なんで梅の雨って書くのか、試しに銀髪バカに聞いたけど的を得た答えはなかったアル。
アイツ、やっぱあほネ。
【梅の雨】
雨の通りを歩いていると、ずぶ濡れの兄妹が、似合わない大きな黒い傘さして前から歩いてきたアル。
あの傘…どっかで見たこと…?
兄妹は仲良くひっついて、傘見上げてたネ。
「兄ちゃん、本当にいいのかなぁ?」
「うーん、でもあのオジさんがいい、て言ったんだから…いいだろう?」
「晴れたら返しに行こうよ!梅、知ってるよ。あの人真選組って人だよ。」
「…俺だって知ってるよ。でも孤児(おれたち)が返しに行ったら、迷惑なんじゃないか?」
「迷惑はしないネ。」
思わず口に出た。
「え?」
すれ違い様に兄妹はこちら見たネ。
「あのアホは、そんなこと気にするヤツじゃないネ。たとえその傘を質に入れても、笑顔で“よかったな”て言うに決まってるアル。」
兄妹はキョトンとした顔で私見てるアル。
「お姉ちゃん、あのオジさんのこと知ってるの?」
「なんだよ、お前いきなり、見てなかったクセに!」
「見なくてもわかるネ。」
兄妹は一緒になって驚いた顔したアル。
「見なくても……見なくても、そんなことサラリとできるヤツのことくらいわかるネ。…その傘、大事にするヨロシ。」
そう言って、私は走り出す。
1つの傘に入る兄妹に、ある日の私を見ながら…。
「梅雨明け、いつなんだろなー。」
通りをずぶ濡れの男が1人歩いてるのが見えたネ。
「ゴリラ、いくら水が滴ってもお前は良くはならないアルよ。」
「んあ?」
真選組局長(ぜいきんどろぼうのおやだま)・近藤勲(ゴリラ)はこっちを見た。
「あれ、チャイナさん!散歩?」
「ちょっとナ…。酢コンブ一年分で、この傘に入れてやってもいいアルよ。」
上目遣いにゴリラを見上げて言うと、ゴリラはニッカリ笑う。
「止めとくよ、そんなことしたら、総悟に殺されそうだから。」
「何で、アイツが出てくるネ!」
「いやーなんでもないよ、こっちの話。相合い傘って、できれば想い人が、いいなぁ……なんて。ほら俺、お妙さん一途だからさ。」
恨めしげにゴリラを見てやると、苦笑いしている。
「……意味不明アル。」
「ま、いいじゃん。それよりチャイナさんも早く家に帰らないと雨、強くなってきたよ!」
ずぶ濡れのゴリラは手のひらを空に向け言う。
確かに雨は強くなってきたアル。
「お前…。」
ナンデソンナニヤサシイネ?
喉まででかかった言葉を飲み込んだ。
「ん、なに?」
飄々としたこの男にこの問いかけをしたところで、的を得た応えは返ってこないネ。
「別にィ、なんでもないアル。バカはなんとかとか言うから、お前はきっと風邪ひかないネ。」
「ははは、そりゃ酷いなー。でもアリかもな。」
ゴリラはポリポリと頬を掻く。
いつもツンと立てている髪はしっとり濡れて垂れ下がり、ゴリラが幼く見えた。
屈託のない笑顔に、胸が少しだけ温かくなった。
ゴリラはいつも、誰にでも優しい。
分け隔てなく、時に自分を傷つけてでも他人(ひと)には優しい。
長雨に嫌気がさすことも多いけど、身に沁みるような他人(ひと)の優しさに気持ちが温かくなるのはいいかもしれないネ。
遠い昔、兄が差し入れてくれた傘のように…。
「酢コンブはいいから、傘、お前が持つネ。」
「へっ!?」
「女に恥、かかす気か?」
ゴリラは不思議そうに私を見ていたが、優しく微笑むと傘に入って来た。
「ありがと、チャイナさん。優しいね。……では仰せのままに。」
私から手から傘の柄を取り上げ、私が濡れない角度で傘をさす。
お前の方がもっと優しいネ。
デコボココンビは、相合い傘をしながら歩き出した。
「なぁ、ゴリラ?」
「なに?」
「なんで、梅雨って梅の雨って書くネ?」
「あぁ、いろんな説があるけど、梅の実が熟す時期の長雨だからとか、雨で黴(カビ)が繁えやすいから黴雨(ばいう)て書いてたのがカッコ悪いから音読みで変えたとか、そういう説は聞いたことあるけど…。」
バカの総大将かと思ってたけど、コイツ……優しい上に銀髪バカより頭よくて、大人の男かもしれないネ。
水溜まりを踏みしめながら、私はいつもにない思考を巡らせ、梅雨を楽しんでみたアル。