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□FATHER'S DAY
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今日は仕事休もうかなぁ…でも…キャンペーンだし…。
できれば今日は仕事よりそっちを優先したかったなぁ。
【FATHER'S DAY】
世に疲れたオヤジどもを癒すため、父の日を掲げ、店では今宵キャンペーンを展開するらしい。
きっと、父でもない独身貴族(あのおとこ)もやって来ることだろう。
どうでもいいエロオヤジを癒すより、ゴリラをフルボッコにする方がストレス発散できそうだし…ま、いっか。
私は、歪んだ納得の仕方で己の不快を解決したのだった。
父の日かぁ…。
江戸の青空を見上げ、私は父を想った。
仕事に出かける道中、運悪くゴリラに出くわした。
高そうな焼酎の箱を抱えている。
今日は非番らしい。
「あ、お妙さん!今日も一段とお美しいですね。」
「お逢いしたくないと、今天に祈ってたとこだったのに…意地悪だわ神様って。」
「いやいや、これこそが運命ですよ。」
「あらヤダ、ゴリラに日本語は難しかったかしら?」
「酷いなぁ、お妙さん。」
私は乾いた笑いを、彼はそれに動じない笑いを互いに交わした。
「にしても、何ですの、そんな大量の焼酎?」
「あぁ、これ?松平のとっつぁんへの父の日ギフトですよ。」
「松平様の?」
「まぁ、ああみえてあの人は真選組の親父ですから…。」
「ふーん。」
ゴリラのワリには、気の利いたことするじゃない。
「あれ、お妙さんは…今日は……お仕事ですか?」
「当たり前でしょ?父の日キャンペーンで、ウザいオヤジどもを癒さないといけませんので!まったく、実の父親ならいくらでも相手するのに…。」
「そうですか…それはお疲れ様です。」
「どうせあなたもいらっしゃるんでしょう?」
彼は即答せず、私の顔をじっと見た。
「…な、なん…ですか?私の顔に何かついてます?」
「あ、いや別に!……きょ、今日はたまってる仕事があるので、それ片づけます。いいかげんにしないとトシにドヤされるから…ははは…おとなしくしてます。凄く、残念だけど!」
彼は作り笑いをした。
なーんだ、つまんないの。
せっかくのサンドバックが役目を降りちゃったわ。
ま、仕方ないか…。
「あら、それは私には朗報ね。」
「お妙さーん。」
「でもまぁ、売り上げが一人分落ちるのは手痛いわね。」
私はチラリと彼を見た。
彼は満足そうに笑っている。
「なんですか?何、笑っているんですか?」
「いえ、理由はどうあれ残念がってもらえたから、嬉しいだけです。」
「べ、別に、残念がってなんか…」
「仕事に遅れますよ、お妙さん。」
そう言われ、私はハッとした。
「んもー、アナタに関わるとロクなことがないわ!じゃ。」
「すいません。では、また。」
私は足早にその場を去った。
彼はそんな背中にいつまでも手をヒラヒラと振っていた。
案の定、仕事はキャンペーンを聞き付けた世のオヤジどもが押し寄せ、忙しかった。
「はぁ、やっと解放された感じ。」
おりょうは伸びをした。
「今日の坂本さんは一段と凄かったものね。」
「あの人、社長なのになんであんなに威厳がないし、バカなのかしら?」
「そうね、権力と中身が伴ってないわね。」
「それを言うなら近藤さんもでしょ?…あれ?今日、近藤さん、来てなかったことない?」
「あぁ、非番のくせに仕事するんですって。」
「へぇ。」
「たまにはそれくらいしてもらわないと、税金払ってる私たちが浮かばれないわ!」
おりょうがクスクス笑っている。
「なによ?」
「だから、今日は爆裂してたのね?」
「どういう意味?」
「べつに…。」
私は口を尖らせてうらめし気におりょうを見た。
「じゃ、また明日ね、お妙。」
「あ、うん。お疲れ。」
私たちはいつものところで分かれた。
そうだ、父の日。
私は急に思いだし、父の墓参りに行くことにした。