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□キヲク
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「しんじくによく当たる占いがあるらしいわよ。お妙、行ってみない?」
化粧直しをしているところで、同僚のおりょうにそう言われた。
「占いィー?なんか胡散臭いわ…。」
「でもこないだうちのツレなんか、運命の人のお告げがあってトントン拍子に話が進んでさ、来月結婚すんのよ!」
「たまたまでしょ?」
「乗り気じゃないのはわかるけど…とりあえず私が行くからついてきてよ!」
全く乗り気じゃないけど、ハーゲンダッツを条件に私は渋々承諾した。
【キヲク】
路地の奥に、繁華街ににつかわしくない平屋建ての日本家屋があった。
なんでこんなとこに…。
中にはこれまた占い師とは程遠いお婆さんが針仕事をしていた。
「あの、占ってほしいんですけど…。」
おりょうが声をかけると、老婆は手を止めてこちらを向いた。
「あぁ、ちらかってるから適当にかけとくれ。」
なんだか親戚の家に来たような扱いだった。
老婆はそれから特におりょうに質問することもなく、おりょうの質問にサラサラと応えていく。
「そっかぁ、仕事はまずまず、運命の人はまだかぁ。」
何よ、当たり障りのないことばかりじゃない…。
やっぱ胡散臭いわ。
「ありがとうお婆さん。じゃ、これね。」
おりょうは畳に代金を置くと、すくっと立ち上がり去ろうとする。
私もそれを見て、去る準備をした。
「ちょいとお待ち、お連れの方…。」
不意に呼び止められ、私もおりょうも驚いた。
「連れって私のことですか?」
「あんた今から家に帰るまで、気をつけた方がいいよ。大切なものを失うかもしれない。」
「は?」
大切なもの?
命?道場?新ちゃん?それとも…。
「まぁ大切なものを失いかけた時、本当に大切なものに気づけるけどね。」
「どういう意味ですか?」
「大切なものは見えにくいってことよ。」
ますます意味不明だわ。
「うまくいけば本当に大切なものがまたあんたの大切なものを取り戻してくれるだろうよ。」
「意味がよく…?」
「私にもわからないよ、でもそう教えておやりと、今伝わってきたからね。確かに伝えたよ。さ、お代はいらないから、気をつけてお帰り。」
なんとも後ろ髪をひかれる嫌なお告げをもらい、私とおりょうは老婆の屋敷を後にした。
「なんにせよ、帰るまで気をつけよう、お妙。」
「あ、うん。」
「お、たえさーん♪」
聞き慣れた不快な声が聞こえる。
「あ、近藤さんよ、お妙。」
「言われなくてもわかるわよ。」
「あら、そう。さすが、愛ね。」
「バカなこと言わないで!」
道を挟んだ通りの向こうで隊服を来た大男が手を振る。
私はチラリとその姿を確認すると、足早に去ろうとした。
カラン…カラン…。
彼を無視しようとそっぽを向いたら母上の形見の簪が落ちた。
もう!あの男に関わるとやっぱりロクなことがないわ!
ため息交じりに簪を拾おうと車道に出る。
ビービー!!
「お妙!!」
けたたましいクラクションとおりょうの声に、ハッと我に返ると一台のセダンが私めがけて走ってきた。
轢かれるっ!?
どうすることもできず、私は立ち尽くす。
キキーッ!!!
ドンッ…。
鈍い音と共に強い衝撃が走り、同時に鉄の匂いがした。
ドサッ…。
痛い!!
もう一度強い衝撃が走ると、アスファルトの匂いを感じた。
「お妙っ!!!近藤さんっ!!!」
…!?
おりょうの声に不審を抱き、うっすら眼を開けると、今までにない近い距離にゴリラの顔があった。
しかし瞳を強くつぶり、歯を喰いしばっている。
しばらくすると額と口から血が滴っていき、顔は血の気を失いつつあった。
私はそこでやっと自分の状況を飲み込む。
彼は私を包むように抱き止め痛みに耐えている。
はねられたのは彼で、私はそのクッションのおかげで痛いと感じていた部分も少し痛みで済んでいたようだ。
「…こ…ん…。」
彼はゆっくり眼を開けると、私をまっすぐ見据える。
「……大丈…夫でし…たか、お妙さ…ん?」
力なく微笑む彼。
いつもと違う様子に、私の中で電気が走る。
私は声を出すこともできず、息だけが震った。
「…こ……ど…。」
彼の瞼は徐々に重くなってきたのか、私の返答を聞くことなく彼の瞳は閉じられ、アスファルトに紅いシミが広がっていった。
私を包み込む大男は脱力し、腕が私の腰からバサリと落ちる。
イヤ……。
ダメよ……。
また…置いてかれる…。
「いやぁぁぁぁぁ!!!」
薄暗い水の中に突き落とされたような感覚、水がまとわりつくように重い……一筋の光が遠退いていく。
得体の知れない恐怖感が私の身体を駆け巡った。