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□約束
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夕焼けのオレンジ色の空の下、傷だらけの少年が鼻血まじりの鼻水をすすりながら、形見のハンカチを私に手渡した。
「ごめん、汚しちゃったけど…ちゃんと取り返したよ!もう泣かないで。妙ちゃんに泣かれると、俺が辛くなる。」
「ありがと、勲兄(いさにい)…ごめんね。」
「いいよ、それよりアイツら、またなんか言ってくるかもしれないから気をつけてね。いつでも言いなよ。俺、おじさんと約束したから、妙ちゃんのことずっと守るって!」
「うん。」
「大人になったら、もっともっと強くなるから、お嫁さんになってね、妙ちゃん!」
「なる、勲兄のお嫁さんは妙だよ。」
小さな影が2つ、土手に伸びた。
【約束】
「たえちゃぁぁーん。」
志村妙はムッとした。
「なんですか、近藤先輩?」
「なんだよ、他人行儀だなぁ。いつも勲兄って呼んでくれるじゃん!」
「はるか昔のことでしょ!いつまで言ってんのよ、いいかげんにして!」
「あ、おはよ、新八!」
「おはよう、勲兄。」
「ほら、新八はちゃんと呼んでくれてるの……ゴフッ…。」
私のつきだした拳の先に、彼は沈んだ。
「話は最後まで聞きやがれ、クソゴリラ!」
「イテテ…ゴリラはあんまりじゃん」
「もう、私に付きまとわないで!」
私は足早に彼の前から遠ざかる。
「なんだよー、俺たち結婚するんだろ?お風呂も一緒に入った仲じゃん……グェッ…。」
瞬時に私は、彼の胸ぐらを掴んだ。
「何度も言ってんだろ、昔のこと掘り出してんじゃねーよ!いっぺん、死ぬか、オイ?」
「も゙ゔい゙い゙ま゙ぜん゙…。」
パッと放すと彼は勢いよくむせた。
「…カハッ、ハァハァ。だ、だって、俺、妙ちゃんのこと…昔っからずっと好きなのに、妙ちゃんは振り向いてくんないじゃん!」
「いいかげん、幼馴染みから離れてよね!もう高3でしょ?」
彼の瞳が少し真剣さを見せる。
「ただの幼馴染みじゃないよ。約束したろ?俺の嫁さんは妙ちゃんって…決めてるから。それは今も昔も変わらないよ。」
私は胸が疼いた。
「迷惑よ。」
「え?」
「私がウザがってんのが、わかんないの?いつまであん時の約束にこだわってんのよ!あんなの時効よ、時効!勲兄のせいで彼氏もできないし、変な誤解されるし、いい加減、私の人生から離れてよね!」
言い終わった後、言い過ぎたことにハッとして彼を見た。
彼は一瞬淋しそうな顔をしたが、一呼吸おいてニコリと微笑むと、新ちゃんと歩いていってしまった。
取り残された私の心が、本当はひどくかき乱されてるとも知らずに…。
「ゴリラの進路のこと、知ってっか、志村ぁ。」
「何で私に聞くんですか…坂田先生。」
「いやぁ、お前なら、ホントのとこ知ってっかなぁ…て。」
「アンタ教師でしょ?」
「いやぁ、まぁなぁ。」
「ホントのとこ、てどういう意味?」
「アイツ、今になって急に県外のY大にするとか言い出してさ…。県内のG大、確実なのに、なんでわざわざ…。」
「県外?いーじゃないですか、本人の希望なんでしょ?」
「まぁな、でもアイツの頭ならG大の教育学部か医学部がいいと思うし、1年ん時からそのあたりにするって聞いてたのに、何でまた急に…。」
私は、朝のやりとりを思い出した。
“私がウザがってんのが、わかんないの?”
“いい加減、私の人生から離れてよね!”
まさか……ね……。
「ま、知らねぇならしゃーねーか。あんがと。」
銀髪の男は去っていった。
あれから勲兄は、やってこない。
登下校も休み時間も顔を出さなくなった。
いつもなら呼びもしないくせに、やって来るし、うちの居間で新ちゃんに勉強教えてたりするのに…。
ホント、極端な男!
噂じゃ図書室で遅くまで勉強してるとか。
私は試しに図書室を覗いてみた。