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□ハロゥベイビィ
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「あぁ!?こ、子供!?」
「えぇ、9週目ですって。」
すすっていたマヨネーズのボトルが、畳の上に落ちた。
「十四郎さん…?」
固まった鬼の顔を、亜麻色の髪の女性は覗きこんだ。
しばらくの沈黙の後、どこからともなく隊士たちが押し寄せてきて、むさい屯所に歓声があがる。
「おめでとうございます、副長ォォ!」
「副長、水くさいですよ!」
「ちょっ、なんだてめーらどっから!?つーか、盗み聞きしてんじゃねぇよ!」
焦る鬼を尻目に、局長・近藤勲は悠然とその現場に現れ、笑顔で喜びを告げた。
「いやーよかったなぁ、トシィ。」
「こ、近藤さん!こら、止めろ、てめーら!」
賑やかなやりとりを見ながら嬉しそうに微笑む姉を、一番隊隊長・沖田総悟も幸せな気持ちで見つめていた。
【ハロゥベイビィ】
様々な紆余曲折の末、土方とミツバは数ヵ月前ようやく未来を共にする仲となった。
身体の弱いミツバであったが、江戸の高度医療により状態は落ち着いており、文字通り順風満帆な2人であった。
今は屯所近くに居を構えている。
「2人の子なら男の子でも女の子でも、美男美女は確実だな。」
「やだわ、近藤さん。気が早いですよ。」
「いやいや、ミツバ殿。いずれの話ですから…にしても本当にめでたい話だなぁ。」
「俺は瞳孔の開ききったマヨ好きな甥や姪は、ゴメンですゼィ。」
「うっせ、総悟!マヨネーズを侮辱すんじゃねー!」
照れ隠しに怒鳴りちらす土方をミツバはまた嬉しそうに見つめた。
「俺は絶対男がいい!」
突然そう言った土方を周囲の3人は、不思議そうに見た。
「この先、真選組を背負っていってもらうためにも、男だな。」
「まぁ、でもよォトシ。女の子だってかわいいし、五体満足ならどっちでも…。」
「そうでサァ、土方さん。イマドキ男だ、女だ、なんて言うのはナンセンスですゼィ。」
「あんだとー、総悟!」
「十四郎さん、まだどちらかわからないし、近藤さんの言われるように、女の子もかわいいかもしれませんよ。」
「いや、俺は男の子でないと困る!」
4人を取り巻く空気に暗雲が立ちこめる。
「武士の子としては、まずは男だ!男を頼むぜ、ミツバ!」
わけのわからないこだわりに近藤と総悟は、半ば呆れていたが、ミツバだけは固い面持ちでその様子を見ていた。
「副長、先日の御用改めの件で、ちょっと…。」
話の途中で、監察・山崎が乱入にしたことより土方は席を外した。
残されたミツバの表情は浮かない。
そんなミツバをチラリと見て、近藤は部屋を出た。
「お妙さんは、子供ができたとしたら男の子と女の子、どちらがいいですか?」
妙は、水割りを作っている手を止め、マドラーを近藤の眼球ギリギリで止めた。
「何、ワケのわからん妄想に、人の思考をシンクロさせようとしてやがるんだ、このクソゴリラ!」
「い、いや、そういう意味じゃなくて…。」
「先のない人生にしてやろーか、オイ?」
「違いますよ、トシのことなんです。」
「土方さんの?」
怪訝な表情のまま、妙は聞き返した。
昼間の一悶着をひとしきり話すと、近藤は淋しそうな顔をする。
「せっかく、やっと幸せになれたのに、なんかそんなことでトシがこだわるから、ミツバ殿がすごく哀しそうで…。」
妙はできあがった水割りを、近藤の前に置いた。
「ミツバ殿は慎ましい女性(ひと)だから、言い返すこともできなかったみたいだし…あ、いただきます。」
近藤は一口、水割りに口をつけ、続けて話した。
「女性は、その身に子供を請け負うでしょ?だからトシみたいな言われ方したら、きっと身に宿してる方の責任みたいな気持ちになるんじゃないかなぁ…て。」
妙は、不思議な顔をして近藤を見た。
「共同責任だから、どっちが産まれても、2人の責任でしょ?でもあれじゃ、もし女の子だったらミツバ殿がいたたまれなくなりそうな気がして…。」
妙はクスリと笑った。