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□黒い風
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「ね、お妙さん?行きましょうよぉ。」

「行かない、と言ってるでしょ!?だいたいあなたね、仕事中に女性をお茶に誘うなんて仕事をなんだと思ってるんですか?」
「俺、今休憩中なんですよ。せっかく運命に導かれてこうして逢えたんですから、アイス奢らせてくださいよ。」
「その手にはのりません!お引き取り願います。」




【黒い風】





人の多い土曜日の昼下がり。
メインストリートで大男が年若い娘の後について懸命に食い下がる光景は、街行く人たちの笑いを誘っていた。

「恥ずかしいから、もうお止めになって!」
「じゃあ、行ってくれるんですか?」
近藤の表情がパァと明るくなる。
「なわけねーだろ、クソゴリラ。」
彼の表情とは裏腹に、志村妙は鋭い眼光で彼を一喝した。
そして近藤を残し、スタスタと先を急ぐ。

「お妙さーん?」
「もう、しつこいっ!」
妙は、振り返りもう一度近藤に一喝を入れようとしたその時!
「きゃっ!」

車道側に弧を描いたカバンを、すれ違い様に一台の単車(バイク)に乗った二人組が鷲掴みし、そのまま持っていってしまった。

あまりに一瞬のことで、妙は、驚きの声をあげたものの呆然と単車が走り行く先を見つめていた。

しばらくして我に返った妙は、ワナワナと震える。
「コラァァァ、われぇぇぇ、なにさらしとんじゃぁぁ!待たんかーい、この泥棒ォォォ!!!」
楚々とした容姿とは裏腹に、ドスの聞いた罵声が飛ぶ。

「おい、ゴリラ。てめえ警察だろ、なんとか…」
そう言いながら、怒りに狂って振り向いた先にお目当ての男はいなかった。

「ゴリラ?」

妙が辺りを見回すと、視線の数メートル先にその姿を確認することができた。
ツーリング中とおぼしき、単車の二人組と何やら話している。

「…てワケだから、借りるね。」
近藤はさっさと単車にまたがり、2、3度スロットルを回してエンジンをふかすと、クラッチを解除し瞬時にギアを上げ、ものすごい速さで妙の横を通り抜けた。
持ち主も妙も唖然と、その様を眺めていた。
黒い隊服と黒光りする単車が一体となり、風を切る。
「近藤さん…?」






「大して入ってねーなぁ。」
「なんだよ…イイトコの娘に見えたのに、チェッ。」
単車のひったくり犯は、走りながら妙のカバンを物色していた。
運転手と背中合わせに座っていた後席の男が、ふと顔を上げると、視線の先に粉塵を上げ、唸る何かを見つけた。

「なんだ?」
その声に運転手もミラーを見る。
「どした?」


2人の視界に、その黒い物体は異様に見えた。
しかしそれがだんだん近づいてきていることに、今度は恐怖を感じ始める。

「おい…あれ…?」
「あぁ…。」

ようやく確認がとれる距離にまで、その黒い物体が来た。

「し、真選組!?」

黒い隊服をなびかせ、スピードをあげてくる。

「なんで、真選組が!?」
「さっきあの女の傍にいた…」
「アイツ、真選組だったのか?」
「マズい、追い付かれるぞ!まけっ。」

ひったくり犯も負けじとスピードを上げ、追撃をかわすように停車中の車をすり抜け蛇行を開始する。

近藤はそれを寸分違わず追いかけた。




「あ…。」
「あんだよ、総悟?」
市中見回り中の土方と沖田は、通りの自販機前で休憩していた。

「あれ、近藤さんじゃねぇですかィ?」
「あぁ?」

沖田にそう言われ、向けた視線の先に確かに近藤はいた。
でもすごいスピードで通り過ぎていく。

「やっぱ近藤さんだ。いいなぁ、V-MAX。近藤さんくらいガタイがあると、はえますねぇ、土方さん。」
沖田はあいかわらずの調子で唖然としている土方に問う。

「んなこたぁ、どぉでもいいんだよ!…なにやってんのォ、あの局長(ひと)!?」
「さぁ?」
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