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□太陽の笑顔
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「きゃっ…。」

肩がぶつかり、私は尻餅をついた。
しかしぶつけた人は謝りもせず、かぶき町の雑踏に消えていく。

着物は汚れたし、鼻緒も切れた…おまけに足首も捻ったのか痛みを感じる。

“働いてくれるのを楽しみにしてるよ”

先ほど話していた天人のいやらしい笑みが浮かんだ。
私は振り払うように顔を振うと、瞳から涙が次々とこぼれていく。
今日はとことん厄日ね…。
イイコトナシだわ。





【太陽の笑顔。】






「大丈夫かい?」

頭の上から声が降ってきたため、私はハッとして声のする方を見上げた。
金髪の浅黒い肌をしたいかにもホストです、と言わんばかりの服装をした長身の男が私を覗きこんでいる。
眼が合うと私の傍らにしゃがみこんだ。


「ひどい人がいるもんだな。こんな美人を突飛ばしといて謝りもしねーなんて。」

「いえ、だ、大丈夫ですから…。」

私は慌てて涙を拭っていると、彼はニコリと微笑んだ。
それはホスト特有の営業スマイルじゃなく、夜なのに太陽のような笑顔で。

おもむろに私の腕をとり、軽々と立ち上がらせ、着物の埃をはたいてくれた。
男性に免疫のない私にとって、心拍をはねあげ、紅潮を誘うには十分すぎる仕草だった。
しかし立ち上がると足首の痛みで、私の顔が曇る。

「足首、痛めたみたいだね。鼻緒も切れてるし、歩けないかな?」

「えぇ、いえ、大丈夫ですから、ありがとう。」

私は恥ずかしさのあまりその場を離れようとしたが、やはりうまく歩けない。

「やっぱ歩けないんじゃん?良かったらうち、そこなんだ、寄ってきなよ。家なら下駄は直せるし…。」

「えっ!?」

初対面の女性に、いきなりうちに来いだなんて…なんてこと言うの、この男(ひと)。
新手のナンパ?
人は良さそうだけど…易々とついていったら安い女と思われるんじゃないかしら?
何よりもこんな女性なれしたようなお仕事の人だもの、危険な気がする。

「あ、大丈夫。とって喰いはしないよ。」

「!?」

見透かされたように露骨に言われて、私は増々顔を紅くした。
それを見て彼は楽しそうに微笑む。





結局、言われるがままに彼の家に上がり込んだ。
先ほど現場から本当にほどない距離に彼の住まいはあった。

高そうなマンションの一室、江戸の夜景が絵画のように見える大きな窓が正面に広がる。室内には最新の家電が並び、モノトーンを基調とした家具が鎮座していた。
殺伐とした空間で生活の匂いは感じられない。
彼は私の足首を丹念に診て、冷湿布を貼る。
その間、私の胸はすごい速さで鳴り続けていた。
「まだしばらく痛むかも…ゆっくりしてもらっていいから適当にくつろいでて。着替えたら、お茶淹れるね…。」
「あ、おかまいなく。直していただいたらすぐおいとましますから…。」

私の話も聞かずに彼は隣の部屋に行ってしまった。

生活感のない部屋は、居心地がいいのやら悪いのやら…身の置き場にほとほと困り、私は諦めてソファーに座った。


しばらくすると、先ほどのややケバケバしい出で立ちとは違い、全身黒ではあったがTシャツにジャージといったラフな姿で彼は現れた。

キッチンでお茶を入れ、冷凍庫からハーゲンダッツを持ってくる。

「良かったらこれもどうぞ。」


ちょっと嬉しい…。

なんだか初対面なのに、世話かけっぱなしだわ…。

「すいません…。」

私は大好物のハーゲンダッツを食べ始めた。

その姿を確認すると、彼は私の下駄を手に取り修理し始める。
見るからにゴツい感じの男だが、そのわりには手先が器用なのか、いとも簡単に下駄の鼻緒を修理していった。

ホストのくせに実は職人なのかしら?
あまりの手さばきに、アイスを食べながらもその姿に見入ってしまった。


「よし、これでオッケ。」
その出来上がりに満足気な子供のような表情を見せた。

私の鼓動がまた少し早まる。

「まぁ、応急処置だから長い期間はもたないかもしんないけど、家帰るくらいなら大丈夫だよ。まぁ、その足じゃ歩きにくいから送っていくし…。」
「そんな、ここまでしていただいて家まで送っていただ…」

……家…。


「どしたの?」

その言葉に私はハッとした。
不思議そうな顔の彼と眼が合うと、私の視界が揺れる。

「…俺、なんか気を悪くするようなこと言っちゃったかな?ごめん。」

「いえ、違うんです。突然ビックリさせてしまって…すいません。何でもありませんから…。」

私は慌てて涙を拭い、お茶を飲んだ。


彼はその私の一連の動作を見つめている。
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