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□隻腕の鬼のみる夢
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どれだけ斬ったかなぁ…。


かろうじて立ってはいるものの、息は荒く、身体は指一本動かせる状態じゃない。
でも頭で考えるより先に、身体にしみついたものや本能のままに動いている…。

周りはおびただしいほどの人の山と血の海。



俺はやっぱり人じゃない。鬼か?夜叉か?


人を殺めて、その上に立ち生き残っている。
すいません、お妙さん…俺はこんな生き物です。
あなたにふさわしいハズがない。





【隻腕の鬼がみる夢】






「近藤さん。」

ゆっくり顔を上げると、泣き顔の愛しい人がいる。

「すい…ません、俺…。」

短い呼吸の中、息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。


その時、俺の血まみれの胸に彼女が飛び込んできた。

「ごめんなさい、左腕…見つけられませんでした。」



幕臣を護衛中、攘夷派の連中に襲われた。民間人も巻き込まれ、たまたま居合わせたお妙さんも同様であった。



「いや、いいですよ、腕なんて。あなたが無事なら俺はそれで…。」

右腕一本での応戦に疲れたと言わんばかりに、俺の右手から刀が落ちた。

「ごめんなさい、本当にごめんなさい。私があんな場面でノコノコ出ていったものだから……。」


「いえ、民を守るは、真選組の努め。当然のことをしたまでです。」

「民の…ためですか?」

潤む彼女の瞳を見て、俺は抱きしめたい衝動にかられた。
しかし俺には彼女を抱きしめる資格はない。
そして抱きしめるための腕がない。



「いえ、愛するあなたのためです。」


愛の告白をしているのに、俺の表情はなんともいえないものだったのだろう。


「人の善いあなたのことですもの、今、自分を責めているんでしょう?」

俺は心を見透かされたかのような台詞に、胸が痛んだ。

「そんなに自分を責めないでください。あなたはいつだって、苦しんでます。」

この女性(ひと)は本当に菩薩だ。
俺の心が手に取るようにわかってしまう。


彼女は俺の血まみれの右手を取り、自分の頬にすりよせる。
美しい彼女が俺の血で汚れていく…。

「放してください、汚れますよ。」

「いいの…こうしていて……。」

「俺が怖くないんですか?あんな俺を見て、何とも思わないんですか?」


「怖くないと言えば嘘になります。でもそれ以上にあなたが心を痛めて刀を奮っているように感じるの…。だから怖くない。」

俺の眼から涙が伝う。


「好きです、近藤さん。」

「お妙さん…。」















陽射しが明るくなり、俺は眼を開けた。

またこの夢か…。


縁側でうたた寝しちまってたワケだ。
俺は鼻で笑った。
さぁて畑に戻るか。

そう思い、俺は身体を起こして立ち上がると鍬を肩に担いだ。


「あなた、もう少し休まれたら?」

声をかけられたので、俺はそちらを見た。

「大丈夫ですよ。陽差しがあったかかったから、つい延長しちゃいましたが…。」

2人してクスリと笑う。

「じゃあ、また畑に行ってきます。」
「気をつけて。」
「あ、武州は物騒だからちゃんと…」

「わかってます。戸締まりや怪しい浪人には気をつけろ、でしょ?ここを誰の屋敷だと思ってるんですか?真選組元局長・近藤勲の屋敷ですよ?そんな簡単にノコノコくるバカいませんよ。」

「でも美しい妻を残していくとなると心配なんです。」

「心配性さんね、勲さんは。」

「じゃ、行ってきますね。お妙さん。」
「また“さん”ついてますよ。」
「あ、そだった…つい。」
彼女は優しく微笑んでくれた。

「もう2年になるのに…いいかげん慣れてくださいね。」

「はい、すいません。じゃ仕切り直しで……行ってきます、妙。」


「はい、いってらっしゃいませ。片腕ですから無理なさらないでね。」

「はぁーい。」

去り行く俺の背中を、その愛しい人は見つめていてくれる。

俺は鬼か夜叉か?

でもいずれにしても俺の闇も痛みも、あの菩薩は包んでくれる。

だから俺は今日も、陽の下で胸を張って生きていられる。

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