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□負けのジュース
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私がその人を初めて見たのは7歳の時。
近所の県立体育館で、インターハイがあり剣道を指導していた父に連れられ見に行った時のことだ。

その浅黒い肌をした青年は、次々と強豪を倒し勝ち進んだ。
幼い私には大会の凄さがわからなかったが、彼の太刀筋が美しく、素敵だな、と思ったのは確かである。



【負けのジュース】



時は流れ、私は高校3年生となった。
あれ以来、弟と剣道を初め今や主将を務めるほどになった。

うちの剣道部は、数年前まで超弱小チームだったのに顧問が変わり、筋のよい生徒の入部で今や全国レベルにまで成績を伸ばした。



「じゃ、ここは中間に出すんで覚えといて。」
「えー。」
クラスから一斉にブーイングが沸き起こる。
「勘弁してよ、近藤ちゃん。」
「だめー、こないだ銀時が俺のエロ本無くしたバツ!」
「だからあれは辰馬がぁ…。」
「先生、セクハラー。」
「何とでも言いなさい、俺だって健全な男子なんだから…。」
今度はクラスから笑いが沸き起こる。

「ま、中間に出すのは本当だから、しっかりしとけよ。終わり。」
「起立、礼…。」

このフランクな男は、社会科の教師で近藤勲と言う。
あまりのフランクさに、生徒も対等に物申せる間柄だ。それだけに皆にとても好かれている。

しかしこのセクハラ教師が、私たち剣道部の顧問であり、こともあろうに私の憧れの君だったのだ。
知った時は、正直かなりショックだっだが、部活後に1人、真剣に稽古していた彼を見て、少し見直した。

そう、親友以外には内緒だが私は彼に恋をしている。
モテないセクハラ教師だが、なぜか気になる。



「妙ちゃん?大丈夫?」
「え?」
練習中、親友の九ちゃんに声をかけられハッとした。
「また、アイツのこと考えてたのか?」
「ち、違うわよ!」
「男子がいつもの始めるよ。」
そう言われ、男子が練習している方を見る。


あのちゃらんぽらん教師は、こともあろうに生徒と条件付きの勝負をするのだ。
指導ではなくどちらかと言うと私情の入った勝負である。
負けた者が勝った者の言うことを聞く。
なんともシンプルなルールだが、未だかつて彼に勝った者はいない。
あの坂田くんですら、寸でのところで負けた。

今日も負けた男子はマッサージをさせられたり、ジャンプを取られたり、愛車の洗車をさせられたりしていた。

「さて、と…。」
先生は立ち上がり、女子の方へフラりとやって来る。
「妙ちゃん、来たよ!」
「志村、今日はどうする?」

実は私もいつの間にやら勝負に参加させられているのだ。

「勿論やりますよ!今日こそ、負けません。」
「上等だ。」
と言っても私は2年生から連敗記録を更新している。


「妙ちゃん、がんばれ!」
「主将、ファイト!」


彼は竹刀を片手で構える。
片手が私へのハンデだった。
しかし私が女だからといって、手を抜くことはなく、片手の彼に私は寸でのところで負ける。


「ハァ…ハァ。」
「今日も俺の勝ちだな。」
「もぅ!あとちょっとだったのにィ。」
「いい感じで仕上がってきたよ。来月の大会もうちがいただきだな。はい、じゃあよろしく。」
手に120円握らされる。

私の負けの代償は、彼のジュースのパシリ。






購買の自販機でスポーツドリンクを買った。
私は3年だが引退せず、選抜のため残っている。
大学受験は指定校推薦で早々と決め、わりと余裕のある3年生だった。
それもこれも、彼といる時間を確保したい一心でしたこと…。

彼は確かにモテないが、それは目当ての女性に振り向いてもらえないだけのことで、私たち女子の間ではわりと人気なのだ。


数ある生徒のうちの1人…。
そう思うと、私の胸が傷んだ。
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