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□ドキドキする速さ×逢えない時間=一緒にいたい道のり
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最近、ゴリラが来ない。
おかげで私の売り上げがガタ落ち…どうしてくれんのよっ!
もし来たら、身ぐるみはがしてでもドンペリのフルコース、入れさせてやるんだから。


【ドキドキする速さ×逢えない時間=一緒にいたい道のり】


別に会いたいわけじゃない。絶対にそれはない。稼ぎに影響するから、頭によぎっただけのこと。
自分なりに理由をまとめ、とりあえず気持ちは落ち着いた。
しかし売り上げに響いているのは事実…どうしよう。
やむを得ず最近指名の多い客の同伴を承諾することにした。
正直、同伴は好きじゃない。仕事と割り切ればいいんだけど、お店以外で会うとそれらしく見られてしまうような気がしてなんだか受け入れがたい。
恋愛経験のない私にとって、わりと一大事な事象なのである。

ゴリラが来なくなったことで、ここ1ヶ月せっせと通い指名してくるこの客は、30代前半でゴリラとは対照的なイケメン。
仕事は天人相手の貿易商社を営む社長である。大人の魅力溢れる落ち着きある男性であった。

「じゃ、18:30に駅前で。」
「は…はい。」
「本当に迎えに行かなくていいのかい?」
「はい、待ち合わせの方が楽しそうじゃないですか。」
私はひきつった笑顔で答えた。
「妙ちゃんがそういうなら、そうするけど…。」
あくまでも大人のデートみたく演出したい彼は“車で自宅まで迎えに行く”をプッシュしたが私は根拠のない理屈で頑なに拒み、話はようやくまとまった。
「じゃ、せめて同伴の間だけは着物じゃなくて洋服で来てよ。ドンペリ、はずむからさ。」
この条件は呑まないと今後に影響しそうだったので、やむなく了承した。


私は数少ない洋服をあれこれ思案し、とりあえず形だけは整えた。
髪を下ろし、淡いピンクのワンピースに身を包む。揃いのボレロを羽織り、白のスプリングコートを来て待ち合わせ場所でその人を待った。
ほどなくして彼は現れ、一通り私のことを褒めちぎると目当ての店に私をエスコートした。
仕立てのいいスーツを着こなし、悠然と振る舞う彼を街行く女性たちは振り返る。
私たち、どんな風に見えてるんだろ?
真選組の隊士には会いたくないな…ゴリラに密告されたら騒いでうるさそうなんだもん。
金曜は繁華街も荒れやすいから仕事してそうだしな…。
……私、またゴリラや真選組のこと考えてない?もー、私の頭の中までストーキングしないでよねバカゴリラ!!

「…ちゃん、妙ちゃん?」
頭の上から声をかけられハッとした。
「話、聞いてた?」
「あ、ごめんなさい。い…家の鍵、かけ忘れたんじゃないかと思って心配になって…///。」
彼はえ?という顔でしばらく私を見ていたが、プッと吹き出す。
「妙ちゃんはしっかり者なようで、案外そそっかしいのかな?」
「そうなんです。」
私はなんとも言えない心持ちになり、その場しのぎの返答をした。
そうこうしている間に目的の店に到着する。
そこはとあるホテルの最上階。三ツ星レストランのシェフが最近出したラウンジを兼ねた店だった。江戸の夜景が一望でき、庶民が足を踏み入れられる領域ではない空気が漂っている。

私たちは窓側のテーブル席に案内され、高そうな年代物のワインが運ばれてきた。
いい料理、いいワイン、いい景色、いいオトコ…。
これ以上ない条件が揃っているのに、楽しめていない私がいる。
新ちゃんが作ったレバニラの方が美味しいわ。銀さんがくれたイチゴ牛乳の方がコクがあったわ。神楽ちゃんとみた夕焼けの方がキレイだった…。
どうやら私は根っからの庶民らしい。

「ごめんなさい、ちょっとお化粧室に。」
「あぁ、行っといで。」
私はそそくさと席を立った。
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