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□てのひらのひみつ
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「お妙さん、俺、今日誕生日なんです。なんかプレゼントください。」
すまいるのとあるボックス席。
真剣な面持ちで妙と向かい合い近藤がいた。
【てのひらのひみつ】
「なんで、私があなたに?」
乾いた笑顔の妙が近藤に向け言い放つ。
「ですよね。」
近藤はやっぱりな、と諦めた表情を浮かべ、グラスの氷を眺めた。
どうせダメもと。
それなら仕方ないか…。
近藤は、席を立った。
「あら、近藤さん、どちらへ?」
「今日は帰ります。お妙さんの顔も見れたし…。」
「売上にまだ貢献いただいてないのに?」
「あ、すいません。じゃあ、ボトル追加しといてください。ドンペリでもかまいませんよ。今度いただくんで…。」
せっかくの誕生日。
いくら近藤でも、こんな日はあんまり無下にされたくはなかった。
屯所の隊士(みんな)と呑みなおすか…。
「じゃお妙さん、おやすみなさい。」
フロアを歩きだし、精算を済ますと店を後にした。
「近藤さーん。」
しばらく歩くと、後ろから声をかけられる。
振り向かずとも誰の声かはわかる。
忘れ物でもしたかな?
足を止め、近藤は振り返った。
「どうされたんですか、お妙さん?俺、なんか忘れました?」
妙は軽く息をきらし何も言わず駆けてくる。
近藤の前まで来ると両手で握りこぶしを作り、つきだした。
「わっ、す、すいません。」
近藤は、条件反射で身を庇った。
きつく眼を閉じ、衝撃に耐える覚悟を決めた。
しかし待てどくらせど、衝撃はこない…。
…あれ?
「なにされてるんです?」
「え?」
眼を開けると、妙のこぶしは自分の数十センチ手前で止まっている。
「あ、あれ?」
「どっちがいいですか?」
「はい?」
「どちらかを選んでください。」
「え?あ?なんですか?」
「だから…どちらかを選んでください。プレゼントが入ってますから…。」
プレゼント?
チ○ルか?
近藤は理解に苦しみながらも、妙の左手に触れた。
「じゃあ、こちらで。」
妙はそのつきだした手をゆっくり開けた。
近藤は眼をこらす。
よく見ると、妙の手のひらに何か書かれている。
「なんて書いてあります?」
「手を繋いで5歩…。…へ?」
「手を繋いで5歩ですね。」
近藤は更にわけがわからず、ポカンとする。
そんな近藤を見つつ、妙は手を差し出した。
妙の手が自分に向けられてるのを見て、近藤は我に返る。
「え、あ?はい?」
「ほら。」
妙は近藤の手を取った。
妙の手は、その白さと同様、ヒヤリとしていたが、滑らかで柔らかくしなやかな手だった。
近藤は、壊れ物を扱うように、ゆっくり優しく妙の手を握る。
妙を見ると、恨めしげにこちらを見ていた。
「早くしてください。仕事ありますから…。」
近藤はやんわりと微笑むと、優しい顔になった。
そして妙の隣に並ぶと歩みはじめる。
「1…2……3…。」
数を数えながら、ゆっくりと二人ならんで歩く。
「4……5。」
数が数え終わり、二人は止まった。
どちらとも、手を放さずに。
「お妙さん…?」
「はい、なんでしょう?」
「右にはなんて書いてあるんですか?」
そう聞かれ、妙は近藤の手を振りほどいた。
「約束は守りましたよ!お誕生日、おめでとうございます。運が良かったですね!こっちだったら、血の雨が降るわ。じゃあ、ごきげんよう。」
妙は紅い顔をして走り去った。
残された近藤は、やれやれといった顔をし、走り去る妙の背中を遠い眼をして眺めた。
「大方、パンチかサンドバッグとでも書いてたのかな?あ、ドンペリ30本とかだったかも。」
近藤はクスリと笑い、踵を返すと屯所に向け歩き出した。
妙は走るのを止め、去り行く近藤の背中を眺めていた。
「全く…なんでこっち選ばないのよ!…………バァカ。」
右手を開くと、文字は汗でにじんでいた。