本文 2


□てのひらのひみつ
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「お妙さん、俺、今日誕生日なんです。なんかプレゼントください。」


すまいるのとあるボックス席。
真剣な面持ちで妙と向かい合い近藤がいた。






【てのひらのひみつ】





「なんで、私があなたに?」


乾いた笑顔の妙が近藤に向け言い放つ。


「ですよね。」



近藤はやっぱりな、と諦めた表情を浮かべ、グラスの氷を眺めた。
どうせダメもと。
それなら仕方ないか…。


近藤は、席を立った。


「あら、近藤さん、どちらへ?」

「今日は帰ります。お妙さんの顔も見れたし…。」


「売上にまだ貢献いただいてないのに?」


「あ、すいません。じゃあ、ボトル追加しといてください。ドンペリでもかまいませんよ。今度いただくんで…。」


せっかくの誕生日。
いくら近藤でも、こんな日はあんまり無下にされたくはなかった。


屯所の隊士(みんな)と呑みなおすか…。



「じゃお妙さん、おやすみなさい。」


フロアを歩きだし、精算を済ますと店を後にした。










「近藤さーん。」



しばらく歩くと、後ろから声をかけられる。
振り向かずとも誰の声かはわかる。


忘れ物でもしたかな?



足を止め、近藤は振り返った。


「どうされたんですか、お妙さん?俺、なんか忘れました?」



妙は軽く息をきらし何も言わず駆けてくる。

近藤の前まで来ると両手で握りこぶしを作り、つきだした。


「わっ、す、すいません。」


近藤は、条件反射で身を庇った。
きつく眼を閉じ、衝撃に耐える覚悟を決めた。
しかし待てどくらせど、衝撃はこない…。


…あれ?



「なにされてるんです?」


「え?」


眼を開けると、妙のこぶしは自分の数十センチ手前で止まっている。



「あ、あれ?」


「どっちがいいですか?」


「はい?」


「どちらかを選んでください。」


「え?あ?なんですか?」


「だから…どちらかを選んでください。プレゼントが入ってますから…。」



プレゼント?

チ○ルか?


近藤は理解に苦しみながらも、妙の左手に触れた。



「じゃあ、こちらで。」



妙はそのつきだした手をゆっくり開けた。


近藤は眼をこらす。


よく見ると、妙の手のひらに何か書かれている。



「なんて書いてあります?」



「手を繋いで5歩…。…へ?」


「手を繋いで5歩ですね。」


近藤は更にわけがわからず、ポカンとする。

そんな近藤を見つつ、妙は手を差し出した。


妙の手が自分に向けられてるのを見て、近藤は我に返る。




「え、あ?はい?」



「ほら。」


妙は近藤の手を取った。


妙の手は、その白さと同様、ヒヤリとしていたが、滑らかで柔らかくしなやかな手だった。


近藤は、壊れ物を扱うように、ゆっくり優しく妙の手を握る。

妙を見ると、恨めしげにこちらを見ていた。


「早くしてください。仕事ありますから…。」


近藤はやんわりと微笑むと、優しい顔になった。


そして妙の隣に並ぶと歩みはじめる。


「1…2……3…。」


数を数えながら、ゆっくりと二人ならんで歩く。


「4……5。」


数が数え終わり、二人は止まった。
どちらとも、手を放さずに。




「お妙さん…?」


「はい、なんでしょう?」


「右にはなんて書いてあるんですか?」



そう聞かれ、妙は近藤の手を振りほどいた。



「約束は守りましたよ!お誕生日、おめでとうございます。運が良かったですね!こっちだったら、血の雨が降るわ。じゃあ、ごきげんよう。」



妙は紅い顔をして走り去った。

残された近藤は、やれやれといった顔をし、走り去る妙の背中を遠い眼をして眺めた。



「大方、パンチかサンドバッグとでも書いてたのかな?あ、ドンペリ30本とかだったかも。」



近藤はクスリと笑い、踵を返すと屯所に向け歩き出した。











妙は走るのを止め、去り行く近藤の背中を眺めていた。


「全く…なんでこっち選ばないのよ!…………バァカ。」



右手を開くと、文字は汗でにじんでいた。





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