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□月見酒
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「ト、トシ?」


「…似てるわね。」





「……え!?」


彼はようやく背中の人物が理解できたようだ。




「お…お妙…さん?」


「他人に見せられない苦しみや悩みって、ホント誰にでも1つくらいあるものね。」



向き直った彼の顔は、憔悴しており、その疲労は見てとれた。


「なぜ…ここに。」


「忘れ物を届けに来ただけ…。」


泣き腫らしたように瞳は紅く、哀しみを帯びきった表情はいつもと正反対…彼らしくない。
でも、これも彼。
そう、陰の彼。




「お妙さん…その…今日は、俺…。」


「陰で苦しむなんて…うちの父上みたい…。」


「え…。」

私は傍らの徳利を手にとり傾けた。


「さ、お一つどうぞ。」


私がやんわりと微笑むと、彼の表情は曇った。


「いや、だから…。」

「いいから、ほら。」


徳利を少し揺らす。

彼はそんな私を上目遣いで見ると、煙管を静かに置いた。

「できれば…貴女には見せたくない…こんな俺……今日はお引き取り願えま…。」


「貴方が父上に似て見えるなんて…皮肉ね。」


「お妙さん、俺の話を…。」



「聞こえてるわ。でも聞いてないから。」

「お妙さん!」



「見て、近藤さん。」


「はぁ?」

私の指差す先に、満月がのぼっている。

近藤さんは私の声と指につられその月を眺めた。




「綺麗な満月……そういや今日は仲秋の名月だったわね。明日はきっと素敵な秋晴れよ。」


そう言いながら満足気に微笑む私を、彼はチラリと見た。
そして何も言わず、ゆっくりと月を見直す。
その動作を確認して、私は言葉を続ける。


「陽は昇るけど、必ず沈んで月がでるわ。いつも太陽ばかりが空にいるわけじゃない…。」


それを聞いて、彼はまた私を見た。


「別に隠さなくてもいいし、落ち込んでふさぎこんでもいいのよ…。人ってそういう生き物だから。」


彼は静かに私を見つめる。


「忘れないでほしいのは、貴方が他者を想うのと同じくらい、周りも貴方を安じてるってこと。」


彼の片眉があがる。




「その周りに…あなたは入ってますか?」


彼は私に向け盃を差し出す。
私はそれを見て苦笑すると、静かに酒を注いだ。


「入ってるわけないじゃない…。」


注がれた酒に視線を向け、彼は注がれた盃の中に写る満月を眺めながらゆっくり呑み干していく。
飲み終わる頃、彼の表情が少し優しさを帯びた。
そして苦笑する。




「ですよね。」





やっと笑ったわ。


和らいだ表情で、彼は空になった盃を私に差し出してきた。
私は薄く微笑みながら空の盃に酒を注がず手に取った。

彼は少し驚いたが、私の意図を察してか、徳利を手に取る。


私の盃に並々と酒が注がれ、私も彼がしたように盃の中に写る満月を眺めた。


「でも、今は隣にいてあげるわ…。」


彼はハッとして私を見た。


「キレイね…。」







「……えぇ、ホントに。」
終始、彼の視線を感じながら、私もゆっくりと呑み干していった。
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