本文 1


□約束
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………いた。




声をかけようと歩み出した足が、不意に止まる。


「近藤くん…。」


勲兄に見知らぬ女生徒が声をかけた。
私は本棚に隠れる。

「なに?」


「県外のY大に変えたってホント?」

「……?…あぁ、進路ね。うん、ホント。」

「どうして?県内のG大にするって、ずっと言ってたじゃない。」

「あぁ、ちょっとね。独り立ちしようと思って。」

「あの、2年の志村って子のせい?」





「妙ちゃんのこと、悪く言わないでもらえるかな」


問い詰めていた女生徒が、言葉に詰まる。
私は切なくなった。


「それより俺の進路が、何か?」





この男(ひと)、底無しの恋愛オンチだわ。
見てわかんない?
どこの世界に親や教師以外で他人の進路気にする人がいんのよ。
アンタに気があるからに決まってんでしょ!?


…気がある……?





「私…。」


もしこの女性(ひと)が…。


「1年の時から…。」


傷心の勲兄に告白したら…。



「ずっと…。」


勲兄は…。




「えっと、その…。」






彼女の告白を受けてしまうかもしれない。
そしたら…


…私は…?





「近藤くんのことが、好きな…」


ガタッ。




眼の前の2人がこちらを見る。

私は本棚の柵に腕をひっかけ、音を立ててしまった。


「…妙ちゃん…。」

「!?」

頬に伝う雫を拭う間もなく、私は走り出した。




とんでもないとこに出くわして、大変なことをしてしまった。

でもそれ以上に、自分の気持ちが苦しかった。

何を今さらと思ったけど、勲兄を取られたくないと思った。





屋上に着くと、金網に手をかけ、大きく息をついた。


わかってたけど照れ臭かったし、勲兄の気持ちに胡座をかいてたの。
いつもすぐ傍にいて、いなくなることなんて考えてもいなくて…。



雫がボタボタとコンクリートにシミを作る。



ヤダ、県外に行っちゃうの…あの女性(ひと)のものになるの!?



後ろでドアが開いた。




「妙ちゃん…。」




私は顔をあげられない。


「ごめん…ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったの。早く戻って、あの女(ひと)待たせたらかわいそうだわ。」


一歩、一歩、勲兄が近づいてくる。

来ないで…。

こんなみっともない自分を見せたくない。



「早く、行ってよ!」


その言葉と同時に、肩に手が置かれた。


温かくて柔らかい手。
いつも困った時に助けてくれた手。



「泣かないで。何があったかしらないけど、妙ちゃんが泣くと、俺まで辛くなる。」


涙が止まらない。

何があったって…あなたたちを見て、動揺してるのよ。

「俺、また君を苦しめるようなこと…しちゃったのかな…?」


でもあなたは何も悪くない…また困らせてるわ、私…。

私は大きく首を左右に振った。




「勲兄、Y大に行くの?私があんなこと言ったから?」


「え…それは…。」

私は彼の方に向き直る。

「やっぱ、そうなんでしょ!だったら、私のこと庇わなくてもよかったのに!」

彼の顔は困惑していた。

でも私をまっすぐ見据えている。


「俺は妙ちゃんが好きだ。だから悪く言われたくない。ただそれだけ。」

私は少し視線を外した。


「進路変えるなんて、単純な俺のしそうなことだろ?でも俺、頭冷やすよ。これ以上嫌われたくないし、妙ちゃんの人生狂わせたくない。」



胸が痛い。


「君を守りたかったけど、もうそれは俺の役目じゃないみたいだ……君の前から消えるよ。……これ…。」



勲兄の手に握られていたのは、一通の手紙。


「これは?」

「クラスのヤツから預かった…ラブレターだよ。」


私は眼を見開き、勲兄を見た。

彼は苦笑いしている。

「なかなかの男前さんだよ。いいヤツだし…。」



勲兄を約束で縛りつけ、巻き込んできたのは私の方だったのね…。
あんな小さいときの約束を、ずっと大切にしてきてくれたあなたを、私は…。



「なんで、勲兄が預かってんの?勲兄は、それでいいの?」




「ヤだけど、妙ちゃんが幸せになるなら…仕方ないと思ってる。」




手に手紙を渡されると、勲兄は私の横を通り抜けた。
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