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□吾輩は虎鉄である。
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妙は唖然とその様子を傍観していたが、ことの成り行きを確認してホッと緊張を解いた。


猫は身体をよろよろと左右に振り、その場に倒れ込む。
その様子を見た妙は猫に駆け寄り、抱き上げた。


「猫さん!猫さん、しっかり!しっかりして。」


妙の声を聞きながら、近藤は眼を閉じた。









「スゴいね、この猫。そんなコトしたアルか?」
「えぇ、只の猫じゃないわね。」
「只の黒猫に見えますけどね…。」


頭上から降る会話に、俺は眼を開けた。



「あ、気がついたみたいですよ。」

うっすら開けた視界に、新八の顔が見えた。


あ、新八くん。




「大丈夫か、サダハル6号?」



あ、チャイナさん。

なんなの、その一夫多妻制みたいな呼び名?


「神楽ちゃん、勝手に名前つけちゃダメだよ。それにサダハルは、もういるじゃないか。ね、クロちゃん?」

「新八ィー、お前こそ、なにベタな名前つけてるアル?そんなベタネームつけて、地味キャラになったらどうスルね!」

「なんだとォー、僕が絡むからって何でも地味キャラに結びつけるなー!」

新八と神楽のやりとりを眺めていると、別の方向から優しく撫でられた。
顔を向けると、妙が微笑んでいる。


「無事で良かったわ。まる1日寝てたのよ、アナタ。」


近藤は妙の顔を見て安心し、尻尾をパタパタさせると、髭をそよがせた。








万事屋の2人は帰り、穏やかな午後の陽射しが縁側に降り注ぐ。
近藤は気持ちよく昼寝をしつつ、洗濯を干す妙を眺めていた。

一昨日の死闘の傷はまだ癒えていないが、志村家の人々の手厚い看護のおかげでなんとか過ごせている。






もし、このまま戻れずに猫のままなら…志村家の飼い猫になるのもアリかもな。
穏やかな志村家の空気に下心なく、近藤はそう思えた。



「邪魔するぜ。」


声と同時に見慣れた顔が現れる。


「あら副長さん、どうかなさいました?」
「近藤さん、来なかったか?」
「ゴリラなら、ここ3日ほど見てないわよ。おかげでとても静かで快適ですけど…。」


「そっか…。」

疲れた顔でそう言い残すと、土方は踵をかえして去っていく。
顔をもたげた黒猫を、去り行く土方はチラリと見た。


トシ……あんなに疲れた顔して…。
組の奴らと俺を捜し回ってるのか!?



「ホント、どこ行ったのかしらね?あのゴリラ。」

猫の隣に座した妙は、溜め息まじりに言い放った。

「組の皆さんに、あんなに心配かけて…。」

近藤の見る妙の顔は、いささか淋しそうに見えた。



お妙さん?



「あの日も、いつもなら待ち伏せしてる時間に来なくてね。家で休んでから昼過ぎに、近所を見て回ったんだけど、いなくて。」


…!?


「あの武家屋敷の近くで、侍が話してるの聞いて入ったら、アナタとあの化け物に会ったってワケ。」


妙は猫を撫でた。


「あそこで刀を拾ったんだから、あそこにいたのは確かなのよね?」


そうか…それであの時、お妙さんは虎鉄を持って現れたんだな。
大方、俺とやりあった攘夷志士が戦利品として持ち帰った刀を、うい奴に驚いて落としたくらいが正解だろう。

何にせよ、皆が心配してくれてる。
このまま猫でいるわけにはいかないな…。


近藤はスクッと立ち上がり、縁側から庭に降りた。



「ドコ行くの?まだ身体が癒えていないんだから、無理しちゃダメよ、虎鉄。」



えっ!?





妙も縁側から降りて、歩み寄ると近藤を抱き上げた。


「アナタは私の命の恩人なんだから、元気になるまでうちにいなさい。ちゃんと元気になるまでお外遊びは禁止よ。」

お妙さんと眼が合う。


「わかった、虎鉄?」


優しく微笑む妙に、近藤は胸が高鳴ると同時に苦しくなった。


大切に扱われる喜びと、さりげなく自分を重んじる妙の気持ちが苦しかった。


その気持ちが素直に俺に向いてくれたら、俺たちは…。
どうしてこうも、うまくいかねーんだろ?


近藤は苦笑した。

命の恩人に免じて、これくらいは多目に見てくださいよ、お妙さん?
近藤は妙の顔を一舐めすると、腕からすり抜け、屋敷の外へ走り出した。


「虎鉄!待ちなさい、虎鉄!」


妙の声が遠ざかった。






それから元に戻る方法を捜しに街中歩き回ったが成果はなかった。

負傷した身体ではさすがに疲労もピークとなり、近藤は河原の土手に丸くなった。

少し眠るか…。


眼を閉じた。
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