短編集

□crystal sweet
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綺麗な声だった。
発せられたそばから透き通って行くような、鈴蘭のような声。

菜々子の声は金色の林檎。

とても好きな声なんだけど、彼女の声を聞いてしまったら…。
何だか霞んでしまう。
それくらい澄んだ音色。

「…どうかした?」

鈴蘭が眉をひそめた。

「あ、駄目だよ、そんな表情(かお)しちゃ。せっかくの可愛い額に皺が…」

彼女に近寄り、すっと手を伸ばす。
その額に出来た筋に僕は指先で触れた。

「……」

すると目を丸くして、僕の指を見つめる彼女。

‐…かああっっ。

たちまち赤くなって行く白い頬。
彼女は、サッと。
後ろに身を引いた。

「あ、ごめん…つい」

僕は手を引っ込めた。

「怪しい人じゃ無いから、怖がらなくていいよ」

言いながら両手を後ろに回す。
もう触らないよと言うサインだ。

「…潮溜まりって…ああ、これ?」

それから僕は、彼女がしゃがんでいた岩の間を覗き込んだ。
岩の窪みにできた、小さな水溜まり。
見つめていたら、中でキラリと何かが光った。

「…あ。魚」

小さな魚だった。
銀色の背が太陽に反射したのだ。

「可愛いでしょう?蟹もいるのよ?」

鈴蘭が僕の隣にしゃがみ込む。

「へえ…小さな海だね」
「そうなの!あなたもそう思う?」

何気なく口にしただけなのに、嬉しそうになる彼女。

「水は澄んでいるし海藻も生えているし、蟹もいて魚もいて…こんな小さな中に、全部があるみたい。面白くてずっと見てたの」

半(なか)ばうっとりした様子で。
彼女は再び『小さな海』を覗き込んだ。

「…貝もあるのよ?誰かが作った水槽みたいじゃない?」

水の中に指先を入れる鈴蘭。

「この子には、ぴったりの海よね…」

…あれ?
何だか少し寂しげな笑み。

と。

‐ザッパーン!! 

大きな波が目の前で砕けた。

「きゃあっ!」
「うわっ!」

‐……ザザッ…。

すうっと岩の上を波が引いた時。
小さな海の様相が少し変わった。


「……油断しちゃったな」


ぽつりと呟き、僕は濡れた前髪を掻き上げた。
全身びっしょりだ。

「…ぷっ…」

彼女は吹き出す。
見れば彼女も全身濡れ鼠。
それなのに。

「そんなに濡れちゃって大丈夫なの?」

と、鈴蘭。

「今日は暑いからね。ちょうど、ずぶ濡れになりたいなって思ってた所」

僕の痩せ我慢に彼女は本格的に笑いだした。

「ふふっ、変な人…」

水を滴らせながら、彼女は笑う。

「君だって同じ状態なんだよ?」

僕は言った。
でも。
正確には違う。
同じ状態なんかじゃない。
彼女は気付いていないみたいだけどね。
白いワンピースが濡れたら、体の線が浮き出るって事に。
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