短編集

□crystal sweet
2ページ/9ページ

「…聞いてるよ?」

僕は言った。

「菜々子の声、すごく好きだからね」

そして中指を彼女の唇に当てる。

「………なら、いいのよ」

プイッと。
彼女は顔を逸らした。

「あ、聞いてるんならって事よ?」
「ははっ」

少し赤くなった菜々子の頬に、僕は笑い声をたてた。

「…ふふっ」

菜々子も笑う。

「聖って、本当に…」

あ。

目の端に白いものが映った。

………なんだろう? 

気になり僕は、砂浜に視線を移した。

「…聖?」

人? 

「どうかしたの?聖…」

ふんわりと岩場に消える白い影。

「…ごめん、用事、思い出した」
「え!?」 


「…聖っ!!」


僕の名前を叫ぶ菜々子を、その場に残して。 
僕はそのまま、砂浜へ駆け出して行った。






‐ザザンッ…。

岩場に打ち付けられる波。

…………。

僕は辺りを見渡した。

‐ザザンッ…ザザッ。

海辺にそそり立つ岩石。
打ち付けられては白く泡立ち、空に跳ね返る波。
霧状になった水しぶきを受けながら。
僕が探すのは白い影ぼうし。
けれど人の気配は無く。
ただ波の音だけが、青い空に吸い込まれて行く。


………何してんだろ。


岩の上に飛び上がり。
ぼんやりと僕は考えた。

どうして僕は、こんな所にいるんだろう…。

あんな風に菜々子との約束をすっぽかして、この岩場に引き寄せられた訳は白。
今日は訳の分からない事ばかりだ。


「…まあ、いいか…」

カモメの舞う空を見上げれば、太陽の眩しい光り。
目を細めながらも。
感じる解放感に口元が緩んだ。

………菜々子の機嫌、後でちゃんと取っておかないとな。

苦笑しつつ。 

‐…ザザンッ!!

一際大きく弾けた波に、気を取られた時だった。


…あ。


波の向こうから。
彼女が現れた。

‐ザザッ…! 

岩の間から立ち上がった白い影。

‐…ざあっ。

塩辛い海風に煽られ舞い上がる黒髪。
まっすぐな長い髪が、さあっと流れる。

「……やあ」

僕は声を掛けた。

「風、強いね。ここ」
「…………」

彼女は、ぼうっと僕を見つめた。
その白い肌に目が吸い寄せられる。
彼女の着ている、ワンピースはオフホワイト。
かなりびしょ濡れ。

「何してたの?」

僕は尋ねた。
多分、答えは返ってこないんだろうけど。

「……潮溜まりを見てたの」

あ…返ってきた。

「潮溜まり?」
「そう。ほら、ここの」
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ