短編集

□crystal sweet
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あの夏を、色に例えるとしたらオフホワイト。
白を通り抜けた白。
貴方の色。

思い出の中に少しずつ埋もれて行くあの夏。
けれども、きっと百年が経っても。

貴方は、たった一人の人。
この青い世界の中で…
たった一つの白。






‐ぶわっ。

風が吹いた。
その強さに髪をおさえる。

………。

吹いて行く先を見れば広がる砂浜。
その先に、どこまでも続く青。

「…聖(せい)?」

波立つ海面に目を奪われる。

「聖ったら!」

再度呼ばれて、僕は振り返った。

「……何?」
「急ぐわよ。もう叔母さまたち着いてるかも知れないし」

言って彼女は僕を手招きした。

「…分かってるよ」

仕方なく。
渋々と早足で近づく。

…なんで、来るなんて言っちゃったのかなぁ。

僕は溜め息をついた。
避暑に来る菜々子の親戚。
その出迎えに付き合えば、ホテルでディナーを奢ると言う菜々子の申し出。
どうしてそんなもの、受けちゃったんだろう…。

「さあ、早く!」

促され近寄れば。
腕に手を掛け、彼女は僕にもたれかかる。
にっこりと愛らしく覗き上げられれば、もう拒絶なんて出来なくて。
つられるように僕はにっこり微笑み返した。

「叔母さまも聖のファンなのよ?ちゃんと愛想良くして上げて頂戴ね」

女王様な菜々子の口調。
さあっと海風が吹き、彼女の栗色の髪が揺れる。

「…そうすれば、菜々子の株が上がるって訳?」

ふわりと広がるその髪に。
僕は指を絡めた。

「なんだか嫌な言い方ね。聖の意地悪」

本当は御機嫌の癖に。
軽く顔をしかめる彼女。

「意地悪?こんな暑い中を付き合って上げてるのに?」

だから僕は、彼女の芝居に言葉を合わせる。
こんな感じは嫌いじゃない。

「あら、無理して付き合ってくれなくてもいいのよ?」

芝居は進む。

「別に聖じゃなくても、私は構わないんだから」

さて、どう出よう。

『それなら帰るよ』 

と、冷たく腕を振りほどいてみようか。
それとも、

『ひどいな…』

と。
傷ついたふりをして見せようか。
どちらにしても彼女の反応は、きっと予想の範囲内。

「ねぇ、聞いてるの?」

菜々子の細い指が頬を捉え、僕を俯(うつむ)かせた。
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