短編集

□檸檬(れもん)
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「…ね、覚えてる?」

体育倉庫の裏側。
そこは、窓の無い壁と。
学校の裏山とに挟まれた小さな空間。
倉庫の土台のコンクリート。
その端に、ちょこんと腰掛けて。
私は海音(かいと)に聞いた。

「…は?」

彼はその、グレイのコンクリートの上に寝転がっていて。
顔の上で交差させていた腕の、隙間から海音は私を見上げた。

ここは、晴れていれば日だまりになる。
他には誰も来ない、静かで暖かい場所。

「ココで始まったんだよね。私達」

思い出して。
私はクスリと笑った。
まだ入学したばかりで。
友達も作れず、休み時間に居場所のなかった私。

一人でいるのが気まずくて。

避難場所を探していて、私はココに辿り着いたのだけれど。
誰の視線も気にする必要の無さそうな、平和なこの場所には先客がいた。




『…あ』

あの時も。
海音は、こんな風に寝転がっていて。
一人で寛いでいる所に。
突然、闖入(ちんにゅう)してしまった私は慌てた。

「あ、あの…」

すると海音が目を開けた。
打ちっぱなしのコンクリートの上で、寝転がったまま。

「……」
「……」

その時も。
やっぱり昼休みだった。
目が合って。
更に焦った私は、手にしていた包みを差し出した。

「えっと…あの、これ食べませんか?」

何か言わなくちゃと思って。

「サンドイッチなんですけど」

…って。
私、なに言い出しちゃってるんだろうと。
顔をカーッと熱くさせていたら。

「…ああ、サンキュ」

彼は言った。
やわらかい低音。
その時。
胸がトクンと鳴った。

「……」
「そこ、置いといてくんない?」
「あ、はいっ」

ぼうっとしていたら、面倒臭そうに視線で横を指されて。
私は包みを置いた。
仰向(あおむ)きになっている、彼の頭の横に。
言った手前。
上げない訳にはいかないし。


「…じゃあ…失礼します」


そしてペコリと頭を下げたら。

「オマエさ…何しにきたの?」

ムクリと彼は起き上がった。

「コレ渡しに来た訳じゃないだろ」
「え…」

見透かされて。
つい、本音が漏(も)れた。

「その…避難?」
「はぁ?」

再び見つめ合う彼の瞳は。
その奥は、その日の空の様に穏やかで私を惹き付けた。


「……はっ…」


それから。
海音は笑いだして。

「ほらよ」

‐ポン。

小さな。
小さな銀色の包みを、彼は投げて寄越した。

「これ…?」
「お礼」

銀紙を開けたら黄色い粒。

『……』

貰(もら)ったガムを。
私は、そっと口に入れた。




「…私ね、あの包み紙、ずっと取っておいたんだ」

私は言った。
綺麗に晴れた空を見上げながら。

「何の包み紙だって?」

するとムクリと。
あの日の様に海音が身を起こす。

「海音に初めて会った時に、貰ったガムの包み紙」

私は彼を振り返った。

「なんでンなモン…」
「だって、初めて海音から貰ったものだから」

ふふっ、と笑って。
私はコロンと、そのまま寝転んだ。
そうすれば広がる青。
ふんわり霞んだ春の空。
そして。
その手前には、微かに眉を寄せた彼。


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