短編集

□葉桜
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「ねぇ!?」
「あ!?ナンカ言ったか!?」

春風を切って走っているから。

「……だよ!?」
「聞こえねーよっ」

バイクを運転している彼には届かない。
でも、いいんだ。

こうやって。

ぎゅっ、ってアナタにしがみつけば。
きっと伝わるよね?

『大好きだよ』

って。

「きゃあっ?」

アナタが。
スピードを出したままカーブするから、ぎゅーんと車体が右に傾く。

「しっかりつかまってろよ!」

言われてうなずく私。
言われなくたって放さないけど。
アナタの後ろは私だけの特等席。

ジェットコースターは苦手だけれど、アナタのバイクは好き。
飛ぶように流れて行く景色も、右に左に傾く体も。
ちっとも怖くなんてナイの。
アナタとだったら何にも怖くない。

世界で一番、幸せで安心できる場所。
それはアナタのそば。




「…到着」

彼がバイクを止めた。
川岸の公園に着いて。

「ほれ、降りろ、春香」
「うん♪」

ぴょん、と。
もう慣れた仕草で、私はバイクから飛び降りる。
するとサッと片足を外して、彼もバイクから降りた。

「ホントいい天気だね。こんな青空、久しぶり」

メットを外して、ハンドルに掛けて。

「そうだな。絶好の花見日和ってトコか?」

私達は二人して空を見上げた。

「あ〜、気持ちいいっ」

と、伸び上がったら。
後ろから抱きしめられて、彼のアゴが右肩にのった。

「やっぱコンナ日は、春香がいないとな?」

アナタが耳元にささやく。

「あー、久しぶりの春香だ…」

心地よさげなその声が、くすぐったくて私は肩をすくめた。

「いー匂い。オマエ、花なんじゃねぇの?」

彼の鼻先が首筋に当たる。
同時に低く喉を鳴らす音。

「わざわざ別の、見に来なくても良かったかもな?」

チュッ、と。
耳裏にキスされて。

「ちょっ…」

我慢できなくなって、私はもがいた。

「は、離して?」
「なんで?」
「くすぐったいんだもん」
「慣れろよ」

彼の腕の力が強まる。

「む、無理、くすぐったいもんはくすぐった…」

‐ちゅっ。

けれど耳たぶに落とされる二度目のキス。
抗議しようと振り返ったら、口付けられてしまった。


…ん…


彼の左手が。
頭を固定するから逃げられない。

見られちゃうよ?
他に人いるのに…

なんて心配ゴトは。
ほんのり暖かい風が、少しづつ吹き飛ばして行って。
優しいキスが。
頭の中に、霞(かすみ)をかけて行く。

そうっと。
静かに深く入り込んでくる春の日差し。
そんな感じの、愛しくて柔らかなキス。
とても逆らえなくて。
アナタに溺れていたら。


「…ま、このへんにしとくか」


唇を離して彼がニヤリと笑った。

「もっと欲しくなっちまう」

チラリと色っぽい視線。
その目に胸が疼く。
そんな私の手を取り、彼は歩き始めた。




「もう葉桜か。見頃、逃したな」
「そうだね」

緑の葉が。
まじり始めた桜の下を、手をつないで歩く。

「ここんトコ、忙しかったからな」
「そうだね」

会えなくて寂しかったけれど。
もう、過ぎたコト。


振り仰げば、空から舞い落ちる桜の花びら。


ピンク色を深めた花びらが、青い空を彩る。

きらきら輝く空気。
ふんわり流れていく雲の白さ。
薫る風と、ゆらゆら揺れる川面(かわも)。
土手でじゃれあう二匹の蝶と、それからアナタと私。

こんな風に一緒にいられる事を。

誰に感謝したらいいんだろう…。



「…なぁ、春香?」


と。
アナタに呼ばれて。

「なぁに?」

アナタを見たら、スッと引き寄せられた。

「限界。我慢できないから行くぞ」
「え?」

彼の腕の中。
突然。
鼓動が早まって行く。

「二人きりでしよーぜ?花見」

熱く見つめられて。
私は息をつめた。

「場所は邪魔の入らない所。で…」

アヤシク。
彼は口の片端を上げる。


「花はオマエ」


鮮やかな緑とピンク。
盛りの白さとは違ったカオを見せる、葉桜の下から。
私は拐(さら)われた。




アナタとの恋は。
まるでジェットコースターみたい。
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