短編集

□目を閉じればおんなじ
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目を閉じてしまえばおんなじ。
誰に抱かれていても同じ。
夢も現実も、嘘も本当も。
肌を粟立たせて行く舌が、アナタのものでも違う誰かのものでも。
心の孔を埋めて行く手順が。
違くたって溺れてしまえば分からなくなる。


「…何考えてんの?亜衣」


それなのにあなたが問い掛ける。

「目、開けてよ?」

……。

幻想が崩れて行って。
覚めたく無い夢から私は覚醒させられた。

「……嫌」
「なんでさ?」

答えたくなんか無い。

「ちゃんと見ていてよ」

心を見透かす要求を拒否するために。
私は呟いた。

「…変態」
「………」

けれど言葉を無くした彼が。
急に愛おしくなって、私は目を開けた。
すると銀色の光り。
窓ガラスを通り抜けて、ベッドに降り注ぐ月光。

「…なんてね。嘘よ」
「……」

月に照らされた。
私を見下ろす綺麗な顔。
やわらかく憂いを含んだ眼差しに、繊細な鼻筋、そして形の良い薄い唇。
白い頬に指先を伸ばして。
彼に触れる事で私は贖罪した。
こんな私を赦してくれる。
あなたを愛せない理由なんて無いのに。

「キレイな瞳(め)…」

琥珀を思わせる水晶体。
透き通った双眸に私は見入った。
奥に感情を隠したレンズに私が映り込む。
その図々しさに目眩。
弱くてさもしい私。
あなたの目に映る資格なんて本当は無いのに。

深い井戸の様な夜の中で。

絡まり過ぎた糸を、解けずに溜め息。
目の前の暖かさに逃げて。
あなたと抱き合えば、彼の影が落ちて来て身体を覆う。
悪いのは私。
自分で造り出して自分の首を絞めていく矛盾に。
私は途方に暮れた。


「…閉じていてもいいよ…」


するとあなたが囁いて。
ひんやりとした唇をこめかみに当てた。

「亜衣が、そうしたいんならね…」

そして狡い私と優しいあなたは。
脆い夢の底に沈んで行った。




白い月明かりの中。
晒け出された蒼白い身体は、俺のもののはずなのに。
閉じられた瞳が現実を拒絶しているかの様で。
頭が醒めて行った。
この滑らかな肌を。
粟立たせて行く舌が、他の誰かのものみたい。


「…何考えてんの?亜衣」


掛け違えたボタン。
そんな違和感に問い掛ける。

「目、開けてよ?」
「……」

けれど答えは無くて。
夜気に晒した背に、虚無がぺとりとはりつく。

「……嫌」
「なんでさ?」

答えなんか聞きたくは無いのだけれど。

「ちゃんと見ていてよ」

子供(ガキ)の様に俺は駄々を捏ねた。

「…変態」
「………」

けれど余りな返事に言葉を無くす。
すると突然。
彼女は目を開けた。
その瞳には。
亜衣がちゃんと存在していて。

「…なんてね。嘘よ」

……。

その存在は、俺の存在をも肯定しながら。
同時に全てを否定していた。
その哀しい指先が。
そっと俺の頬に触れる。

「キレイな瞳(め)…」

彼女の溜め息が心の水面を波立たせた。
ひっそり広がって行く波紋。
重なり合う透明な輪。
俺の企みの結末。

アイツから上手く掠め取ったオマエと。

夜の底で見つめ合えば。


「…閉じていてもいいよ…」


それでも手放す事など、出来はしなくて。
その耳元に俺は囁いた。
そして瞳の側にキス。

「亜衣が、そうしたいんならね…」





ふと。

他のヤツの腕の中で、夜に溺れて行くアイツの姿が脳裏に浮かんだ。
それは窓の外で。
銀色に輝く月が見せた幻。

……。

寝転がったまま空を眺めれば。
その藍色に、より鮮明に浮かび上がる映像。
痛みが胸を抉る。
多分。
手放しちゃいけねぇもんを、オレは放り出してしまったんだ。

乾いた夜は後悔を呑み込んで。
静かに沈んで行く。

つまらねぇ嫉妬。
くだらねぇ自尊心。

どこでどう間違えちまったのか。
狂い始めた歯車は嫌な音を立て。
全ては簡単に壊れちまった。


「…ざまぁねぇな」


嘲笑。
あんなにも愛しかったもんを。
愛しさ故に許せなかった。

てめぇの呼吸以外音の無い部屋。

一人きりの世界で。
いつしか意識は、ゆるやかに薄れて行った。
すると夢の中で亜衣が微笑む気配。
それは幻想であって現実。
甘い影。
目を覚ませば崩れ去る光り。

けれども。

隣にオマエがいてもいなくても。
目を閉じればおんなじ。
嘘も本当も同じ。






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