短編集

□黄金色の玉子焼き
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「…おはよー、椋」

休日の朝。
目を覚ましてベッドから出て、私はリビングに行った。

「あ。やっと起きたんだね」

やっと起きたんだねって。

言ってる割に、アナタも寝起きみたいだけど?

「今日はイイ天気だね」
「そうだね」

その床で新聞を読んでいる椋。
ベランダへ続く。
ガラスの引き戸から差し込む光に、彼は包まれていた。
少しよれたグレーのトレーナーと、ほんわり寝癖のついた黒い髪。
襟口から見える首筋と鎖骨が色っぽい。
そんな、私の君は。

ふあぁ…。

と。
大きく口を開けてあくびをした。

「お茶煎れるね」
「うん、ありがとう」

私はキッチンでお湯を沸かし始めた。
彼用の大きなマグに、彼の好きなお茶を注いで。
こぼさないように、そうっと。
私は椋の側に戻った。

「はい」

お茶を手渡し隣に座る。
そうしたら。
椋と一緒に私は陽に包まれた。


‐ことん。


濃い緑色の。
カップを椋が床に置く。
その、まあるい縁(ふち)から。
湯気が立ち昇って。

「…朝ご飯は何が食べたい?」

寄り添い尋ねれば。

「雛」
「え?」
「雛がいい」
「きゃ…」

椋の腕が私の腰に回った。
ぐいっ、と。
引き寄せられて胸に倒れ込む。

「ちょっ…椋!」

その腕の中で。
逃げられない幸せに気が遠くなりそう。
抵抗する素振りは、あくまでも素振りであって。
ホントは逃れたくないと思う私の心なんて、きっとアナタにはお見通しで。

「…でも、まぁ、ソレは後でね」

え? 

「まずは久しぶりに、雛の味噌汁と卵焼きが食べたいな」

……ちょっと、拍子抜け。




「やっぱり、おいしいな」

椋が卵焼きを頬張る。

「幸せな朝御飯、だね」

私も幸せだよ?

「休みの朝に、雛と雛の卵焼きと味噌汁。もう言うコトないな」

おいしそうに箸を進める、彼の頬に。
ちゅっ、と。
私はキスをした。


遅く起きた朝は。


アナタと陽と、ささやかな朝ご飯。
優しい時間に時計の針が止まる。
この日常が愛しくて。
椅子に座る椋を、私は後ろから抱き締めた。
ふわっと。
腕に彼を絡み取る。

「…食べれないよ?」

すると椋は微かに眉を寄せた。
私にはセクシーに映る、その額にできた筋に。
再び口付けたら彼は。


「しょうがないな…」


反撃に出る前に。
椋は黄金色の卵焼きを、もう一切れ口に放り込んだ。
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