短編集

□熱帯雨林
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「…恭介…っ」

それはオートマティック。
意思なんか関係なくて。

「…なんだよ?」
「も…」

側(そば)にいるだけで思いは溢れて。
心も身体も。
もっとあなたに触れたくて、触れられたくて仕方なくなる。

「…柚?」

何よりも美しい、音楽みたいなあなたの声。
目を閉じて。
自分の名を甘く味わえば、あまりの糖度に頭がくらくらしてくる。

あなたの腕の中は、華の咲き乱れる密林。

私より少し高いあなたの体温。
その熱にあてられて、身体の芯が上気して行く。
私を包み込む。
あなたの匂いは、嗅ぎ取れないほど微かなシトラス。
ジャングルに実る果実の様。

「柚?」

強く抱き締められて。

『…バサッ…』

二人きりの熱帯雨林から、極彩色のオウムが飛び立った。


「…聞こえてんのかよ?柚…」


もっと。
もっと呼ばれたくて。
あなたが抱き締めているのは私。
その事を恭介の中に浸透させたくて、私は彼にギュッとしがみついた。
そんな私の。
髪に、あなたが指を絡める。
その指先の動きを。
全身で感じ取ったら、翠(みどり)の樹々がざわめいた。

「…カワイー顔」

目を細める彼に。
胸が締め付けられる。
あなたの吐く息は熱い水蒸気。
たまらなく扇情的で。

「他のヤツらには見せらんねぇな?」

なんて囁きは。
余裕の無い私には、軽い拷問に等しくて。

「…焦(じ)らさないで…」

思考が飛んで。
私は、彼の頬に唇を寄せた。
ただ愛しくて。
ただ、あなたが欲しい。
あなたは地上で一番甘い果物。
熱い森。
潤った生命の息吹(いぶき)。

どうして。
どうしてあなたは、こんなに蠱惑的なんだろう…。


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