短編集

□水の中で透き通る石の。
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ゆらゆらゆら。 

水面(みなも)が揺れている。
頼りなげに。 
鈍い光を集めて。

綺麗に澄んだ水。
ここは、とても静か。
一瞬。
水の分子に身体が溶けだしそうになって。


「優月?」 


アナタの声が融解を踏み止めた。

ユヅキ…ユヅキ。

他人事の様な私の名前。
それはゆらゆら揺れる。
銀色の水草の様に。

「……どうした?」
「…別に」

それでも愛しい君の声は、私を引き戻すのに十分な力を持っていて。
現実世界。
リアルな幻(まぼろし)は、私には強すぎる光に溢れていた。

「別にじゃねぇだろ…」

もしかしたら幻かも知れないアナタの囁き。
貴方の存在はリアル? 
それとも幻想? 

土手の先から子供たちの声。

まだ余り知らぬ世界に君臨する、無邪気さを振り撒く彼ら。
それは羨ましい様な哀しい様な。
不安定な気持ちでうつむけば、私を引き寄せる二本の腕。

「……」

確かめたくても何も切り出せない、胸に穴が空いて、涙が。


「…ナンデなのかな…」


言葉にしたら崩れ堕ちそうで。
私は視線を移した。
藍色の濃くなって行く、午後五時十九分の空に。


「…オマエは難しく考え過ぎんだよ」
「そうだね…」


うん、きっと。
きっとそうなのだろうけど。
それでも私を繋ぎ留めてくれる、貴方の。
この暖かさを感じられる間は、大丈夫なのかも知れない。


見上げた空には河が映っていて。


揺らぐ暗い水面。
重い水の中に沈む、石は私。
その色の重さに耐えかねて、透き通って行く。


いつか…。


私は溶けて、世界の一部になれるんだろうか。


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