短編集

□檸檬(れもん)
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言葉を無くした彼に。
私は、にっこり笑い掛けた。

「…会えなくなるね」
「……」

とうとう流れ出した、悲しみと一緒に。

「元気でね?」
「……」

淋しい時間が滑り落ちて行く。


「…ねぇ、海音?」


そこで。
目を細めて、黙って私を見下ろしている彼に。
私は告げた。

「向こうに行ったら…新しい彼女作っていいよ?」

私達は、まだ子供だから。
片道880キロの距離は余りに遠過ぎる。

次に、いつ会えるのかも分からない。

そんな状況で。
私は海音を縛りたくない。

「可愛いコいたら、私の事なんか忘れていいから…」
「…黙れよ」

と。
彼の目の色が変わった。

「だって…」
「黙ってろって言ってんだよ!」

怒鳴られた次の瞬間。
私はきつく抱き締められていて。

「…海音…」

その胸に押し付けられながら。
彼の重みを、私は身体で感じた。
愛しい重力。
抵抗出来ない引力に、両腕を海音の背中に回す。


「…出来るワケねーコト、言うなよ」


すると腕を解き。
彼は私の頬に、その手を移した。

「銀紙ナンカ、無くしてもいいけどさ…」

そして鋭い視線で。
海音は私に彼を刻み付ける。

そのまま再び口付けて。

そのキスで、この唇に。
その熱で、この心に。
しっかりと、あなたを焼き付けてから。

「…想いまで無くしたら、許さねーからな」

彼は耳元に囁いた。

「オレは、オマエを迎えに戻ってくる。どんなに離れよーが、必ず拐(さら)いに戻る!」

さよならの代わりに。

そう言って海音はニッと笑った。
そしてポケットから、何か取り出して。
私の手のひらにポトンと、それを落とす。


「んじゃな」


私を放して立ち上がり。
ぽん、と頭を一度。
軽く叩いてから、海音は去って行った。





………。

彼の姿が消えた後。
それでも青い空を見上げてから、私は手のひらに視線を落とした。

…あ。

すると、キラリ。
何かが輝いた。
それは銀色の小さな包みで。

クスッ、と。

唇の端を上げてから、銀紙をむいて。
口に入れたら檸檬の香りがした。


それは、あの日と同じ。


同じ。
キラキラした味のガムだった。




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