短編集
□檸檬(れもん)
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「ハッ…ヘンなヤツ」
海音がフッと顔を緩(ゆる)めた。
‐スッ。
同時に、その綺麗な指先が伸びて来て。
優しく私の頭を撫でる。
「あの日…オマエの昼飯、横取りしちまったんだよな」
陽の光と共に。
降り注ぐ彼の眼差し。
「まさか食べてねーとは思わなくてさ。有り難く頂いちまったけど…オマエはガム1個じゃ、もたなかっただろ?」
「うん。5時間目は、お腹鳴っちゃって大変だった」
目を合わせて微笑めば、口の片端を少し上げる彼。
「でも、まぁ…アレがきっかけになったんだしな。腹が鳴って困った位、今思えば何でもなかっただろ?」
「ふふ…そうだね」
あの日から。
あの時から始まった私達の日々は、この陽射しみたいにキラキラしていて。
愛おしくて切なくて、いつも甘酸っぱい匂いがしていた。
けれど今日が、その最後の1日。
遠くに引っ越すことになった海音が。
ぎりぎりまで登校しに来てくれた、大切な最後の日だった。
もうすぐ。
あなたは消えてしまう。
この昼休みが終わったら。
早退して、遠くへ行ってしまうんだもの。
すっ、と。
手を伸ばして。
ぎゅっ、と。
彼の手を握りしめて、私は目を閉じた。
「…オレが告ったのも、ココだったよな」
「うん」
明るい闇の中で聞く、大好きな彼の声。
「最初に…したのもココだったっけな」
すると、ふわりと。
かぶさってくる海音の気配。
彼は私にキスをした。
いつもより深く。
跡を残して行くかの様な、そんな哀しいキス。
それでも甘くて。
あなたが染み込んでくる、そんな口付けだった。
「……最後にしたのも、ココになったな」
目を開ければ彼の苦笑。
「…って、最後って訳じゃねーか」
私の髪を鋤(す)く彼に。
私はポツリと言った。
「…あのね」
実は、あの包み紙。
「あれ…たたんで大事に取っておいたんだけど、いつの間にか無くしちゃってたんだ」
それって。
「暗示だったのかもね…」
「………」
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