短編集

□crystal sweet
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「ふふふ……あー、気持ちいい!」

何にも気付かず。
彼女は両手を空に向けて伸び上がった。
華奢な身体に張り付く白い布。

「……」

さすがに目のやり場に困り、僕が視線を下げたら。


「そんな所で、何してるのさ!?」


鋭い声がした。

…? 

「…あ、祐希(ゆうき)…」

鈴蘭が呟く。

「ああっ、透け透けだよ!?」

そんな彼女に、両頬を押さえて叫ぶ彼。

…ムンクの叫び?

「え…?」

指摘されて、彼女は慌てて自分の身体を見下ろした。

「…あ…」

そして事の次第に気付き。
さっきよりも真っ赤になる頬。

「ほら、これ羽織って…」

祐希と呼ばれた彼が、彼女に近寄り自分の上着を渡す。

「…ありがとう」
「で、何してたのさ?」
「潮溜まりを見てたの」
「潮溜まり!?」
「お魚がいて…」
「魚?…ったく、しょうがないなぁ、結名(ゆうな)は…」

彼は顔をしかめた。

「とにかく戻ろう。母さんが探してる」

言って彼は彼女の手を取った。

「……」

その成り行きを、ぼんやりと眺めていた僕。

‐ギロリ。

そんな僕を睨んでから。
彼は鈴蘭を連れて去って行った。


………。 


僕は立ち尽くした。

…何なんだったんだろ。


‐ザザンッ…ザザッ…。


一人になった岩場に、また波の音。

「…鈴蘭じゃなくって、結名か」

彼女の名前を舌先にのせてみる。

結名。

うん、ぴったりの名前だ。
やわらかくて可愛らしくて、少し透明な感じ。

‐ザザアッ…。

荒い波の、しぶきが飛ぶ。
結名の『小さな海』を再び覗き込んだら。
さっきの波にさらわれたのか、魚は姿を消していた。
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