Novel
□夢のあとさき
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そのまんまの立ってる姿とか。
船首に座ってる後姿とか。
まだ少し高めの、少年っぽい声とか。
親指で帽子を上げる仕草とか。
あんたのすべてに、
鼻の奥がツンとなる―――――――――
夜の海と、静まり返ったサニー号。
測量室には、私がペンを走らせる音だけが響いている。
新しい船であるサニー号の測量室は広くて快適で、
海図を描くのがとてもはかどる。
「ふう・・・ちょっと、一休みしよっかな・・・・・」
コーヒーでも淹れようと、私はキッチンへと向かった。
粉を取り出し、お湯を沸かそうとしたとき、ふと気づいた。
(そういえば、今日の見張りって・・・ルフィじゃなかったかしら・・・)
その瞬間、頬がかあっと染まるのがわかった。
とりあえず、気持ちを落ち着かせるためにお湯を沸かす。
・・・2人分。
(べ、別にやましいことなんかないわよ・・・きっとルフィはサボって寝てるだろうし、それじゃ見張りになんないじゃないって、怒るだけ!それだけよ!!)
誰かに向かっての説明(言い訳)を心の中で言い終えたあと、
淹れたてのコーヒーを2つトレイに載せて、私は展望室へと上った。
「・・・・・」
ドアの前で、しばしフリーズ。
(・・・落ち着いて。さりげなく、さりげなくよ私!)
とりあえず、練習しとこう。
「ルフィ、寝てんじゃないわよ!コーヒー持ってきてあげたから、目覚ましなさい!・・・あ、一発殴ったほうが自然かしら。熱いから気をつけてって言わないと、あいつのことだからやけどしそうだし・・・ルフィ、コーヒー持ってきたからちゃんと見張り・・・・・あれ、さっきとなんか違」
「・・・ナミ?なにやってんだ?」
「!?きゃあああああああ!」
「おい!あぶねっ・・・!!!」
「・・・・っ・・・え!?」
なにがどうなったのか。
気づいたら、私はルフィのひざの上にいた。
・・・ってひざの上!!??
「ななななななに!!?」
あわてて後ずさってみると、ルフィの手には、さっきまで私の手にあったトレイがのっていた。
「おまえ、あぶなかったなー。頭からコーヒーかぶるとこだったぞ!」
つまり、
突然ドアが開いたのにびっくりした私が思わずトレイをひっくり返しそうになり、
ついでに私自身もバランスを崩して後ろに倒れそうになり、
ルフィがコーヒーもろとも私をキャッチしてくれた・・・ということらしい。
「あ、あぁ・・・ごめん」
「どっかケガしてないか?」
「ううん、別に・・・」
「そっか、よかった」
ルフィはそう言って、ニカッと笑った。
その笑顔に、私の心臓はうるさいくらいに反応する。
「あ、あんた・・・ちゃんと起きてたの?」
「なんだおまえ、失敬だな。ちゃんと見張りしてたんだぞ!」
ということは、さっきの独り言も全部筒抜けだったってことよね・・・・・
ああ、穴があったら入りたい・・・
「でも、ちょーどよかった!ちょっと眠くなってたからよ」
そう言って展望室のテーブルにトレイを置くと、ソファに座ってコーヒーを口に運んだ。
「ナミは気がきくなー!」
「・・・っ///」
本当に・・・狙って言ってるのだろうか、こいつは。
いつものように「当たり前じゃない!」なんて切り返す余裕もなくて、
私は自分の分のマグカップを手に取ると、
「じゃ・・・これからもちゃんと見張りしてなさいよ」
と言って、測量室に戻ろうとした。
「ん?なんだ、おまえもここで飲んできゃいいじゃねェか」
その言葉に、一瞬体も思考も止まった。
「・・・え?」
「ほらナミ、来いよ」
そう言って、笑顔でソファをぽんぽんと叩くルフィ。
他意のないであろうその笑顔に私が逆らえるわけもなく、
きっちり人1人分の距離を空けて腰掛けた。
誘ったのだからなにか話すことでもあるのかと思いきや、
ルフィはなにも言わずに、コーヒーをすすっているだけだった。
私も、特になにも言わなかった。
なにも言葉を交わさなくても、とても、居心地がいい。
ルフィと2人っきりのこの空間を、この時間を、
ただ静かに味わっていたいと思った。
そっと横目で、ルフィの顔を見てみる。
ルフィは、海を見ていた。
その澄んだ瞳で。
彼は、海になにを思うのだろう。
どんな思いを馳せているのだろう。
故郷のこと?
家族のこと?
今までの航海?
それともこいつは、過去を振り返ったりはしないのかしら。
それじゃあ、これからの冒険のこと?
恩人との再会のこと?
夢のこと?
―――知りたい。
ルフィを、知りたい。
私の過去には興味がないって、あんたはそう言ったらしいけど。
でも、私は知りたい。
あんたという人間を知り尽くすことが可能だろうと不可能だろうと、
私はあんたのことならすべてを知りたい。
そのすべてを、受け入れたいと思う。
―――――その横顔に、あまりに心奪われてしまっていたせいだろうか。
私は、ルフィが私の視線に気づいて、
こちらに顔を向けたあとも、すぐには反応することが出来なかった。
「ナミ?」
「・・・・えっ?あっ・・・///」
ルフィが至近距離まで顔を近づけてきて、そこでようやく意識が覚醒した。
「どうした?おれの顔になんかついてっか??」
「あ、え、えっと・・・な、なんでもない!」
「そっか。でもおまえ・・・なんか顔赤くねェか?」
「そっそれは!・・・その・・・・・」
「?」
私の顔を斜め下から覗き込むようにしているルフィが、
たまらなくかっこよくて。
私だけがこんなにドキドキしているのが、
ちょっとだけ悔しくて。
その瞳に、
もっともっと私を映してほしくて。
――――――好き。
溢れるほどの“好き”で、体中が満たされていくような気がした。
もう、限界だと思った。
この想いをしまっておくには、
私の心は、あまりに小さすぎた。
私の心にしまっておくには、
この想いは、あまりに大きすぎた――――――