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□悲しくけだるい魔法
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「・・・ねぇ、ルフィ」
「ん?」
「ずっと・・・・・一緒にいてくれるよね?」
「あぁ、あったりめェだろ!!」
何の保証も得られないとわかっていても、
その言葉が、聞きたくて仕方がなかった―――――――――
上陸した島で、私はロビンと2人買い物に出かけていた。
小さな島だけれど、施設はそれなりに整っていて、
思い思いに買い物を楽しんでいた矢先だった。
「・・・お母さんっ!!!」
「きゃっ!?」
ぎゅっと後ろから抱きつかれ、戸惑いながら振り返ると、まだ4、5歳くらいの男の子が私にしがみついていた。
その頬は、涙に濡れていた。
「おかあさあん・・・」
「あらナミ、隠し子がいたの?」
「んなわけないでしょ!・・・・・困ったわね、迷子になっちゃったのかしら」
どうしようか迷っていると、
「あ・・・・・テッド!!こんなところにいたのか!!」
駆け寄ってきたのは、父親らしき男性。
「まったく、1人で出歩いちゃ危ないと言ったじゃないか!」
テッドという名前らしい、息子に向かってそう言うと私たちのほうに向き直り、
「すみませんでした、あなたを家内と間違えてしまったようで・・・・・・・あ、私はテオといいます。本当に申し訳ない」
「いいえ、気にしていませんよ。私と奥様、そんなに似ていたんでしょうか?」
半ば冗談のつもりで言ってみたのに、テオさんは一瞬表情を曇らせ、
「・・・・えぇ、家内の髪の色は、あなたとよく似たオレンジ色です」
そう言って笑ったけれど、
その笑顔はとてもさびしそうで。
なんだか私は、気になって仕方がなかった――――――――
「なんだかテオさん、さびしそうだったわね・・・」
テオさんとテッドと別れ、休憩がてら入ったカフェで、ロビンに切り出した。
「そうね、もしかしたら・・・」
「・・・もしかしたら?」
「母親は、もう死に別れていたりとか・・・・・」
「そうじゃないよ」
「・・・え??」
突然頭上から声が聞こえてきて、びっくりして顔を上げると、
「そうじゃないんだよ」
と言ったのは、カフェのマスターだった。
といっても、若くてとてもキレイな女の人。
「そうじゃないって・・・じゃあ・・・」
「あの子・・・・・テッドの母親はね、1年前にこの島から出て行ったのさ」
「出て行った・・・!?」
「そう。ありていに言えば、かけおちってやつかな」
「かけおちって・・・そんな!!旦那さんと子どもがいるのに!?」
「母親の名前はクレオっていうんだけどさ、ともかく美人だったんだ。あぁ、そういえばあんた、クレオにどことなく似ているような気がするねぇ」
「・・・・・・・・・」
私は、さっき自分に向けられた、テッドの涙に濡れた瞳を思い出した。
「1年前、島に商船が長いこと停泊していた時期があってね。そのうちの船乗りの1人と、クレオが恋に落ちて・・・・・・・・出港してしばらくしたあと、クレオがいなくなったって、島中で大騒ぎしたもんさ」
「なんなの、それ!?ひどすぎるわ!!」
「それほど・・・相手に心惹かれてしまったのかしら。今の幸せを、すべて失ってもいいと思えるほど・・・・・」
「そうね・・・・・クレオは、すべてを失ってでもその人についていきたいと、そう思ったんだと思う」
「だけど!!テオさんだけならともかく、テッドがいるのよ!?子どもまで捨てていくなんて、いくらなんでもその人無責任すぎるわよ!!」
「うん、その通りだよ」
マスター静かに言い、ひと呼吸おいて続けた。
「常識や理性で考えれば、あんたの言うとおりだよ。でも、人からその常識や理性を失わせてしまうものこそが、恋ってものの本質なんだとしたら、どう?」
「・・・・・・・・・・・」
「あんたも、いま恋をしていたらわかるだろうけど」
その言葉で私が思い浮かべるのは、
もちろんアイツのことで。
「その人が好きとか、逆に醒めてしまったとか・・・そういうのはもう、理屈なんかじゃないだろ。理屈であらわせない気持ちを、理性で縛るなんてそもそもが無理な話なんだよ。だからきっとクレオも・・・・・自分ではどうしようもなかったんだよ、きっと」
「「・・・・・・・・・」」
私も、ロビンも、なにも言えなかった。
船に戻ってきて、女部屋で1人ぼーっとしていると、
「ナミ!いるかー!?」
相変わらずノックもせずに、ルフィが入ってきた。
「なにしてたんだ!?」
そう言って、私の隣に座った。
私を優しく見つめるその瞳。
太陽のような笑顔。
それらを見てしまったら、なんだかたまらなくなってしまって、
私はルフィに抱きついた。
突然のことでルフィは一瞬固まったけど、
すぐに私を抱きしめ、背中をなでてくれた。
「・・・ん?どうした・・・?」
耳元で響く、いつもより少し低めのその声。
背中に感じる、暖かなてのひらの温もり。
なにもかもが、愛しくて愛しくて仕方がなかった――――――――
「ん・・・なんでもない。もうちょっと、このままでいさせて・・・?」
今日聞いた、テオさんの奥さん―――
クレオさんの話が、私をやけに切なくさせていた。
私は、想像してみた。
いつの日か自分のルフィへの気持ちが、醒めてしまうときのことを。
ありえない、というか、まったくと言っていいほど想像がつかなかったので、
代わりにルフィがほかの人を好きになって、私から離れてしまうときのことを考えてみた。
もしもそんなことになってしまったら―――なっても―――私は、
いつかまた別の誰かを好きになることができるんだろうか。
ルフィと同じくらい心惹かれる相手に出会い、
同じように胸を切なくかきむしられて、
心の底から相手を欲しいと望み、
その人に抱きしめられるときに、こんなにも満たされた気持ちになったりするのだろうか。
―――――――とうてい、そうは思えなかった。
「・・・ねぇ、ルフィ」
「ん?」
「ずっと・・・・・一緒にいてくれるよね?」
「あぁ、あったりめェだろ!!」
本当は、それだけじゃ不安だった。
いくら言葉を交わそうと体を重ね合わせようと、決してなんの保証も得られないとわかっていても、
その唇から何よりも強い約束を引き出したかった。
私だけだ、と。
一生私以外は愛さない、と。
――――――そんな約束に何の意味もないということは、テオさんの例を見るまでもなく明らかだというのに。
悲しくけだるい魔法
「ナミ・・・・・なんかあったのか?」
「ううん・・・なにもないわ」
「ほんとか?」
「ほんとよ」
「そっか。ならいいや!」
そう言って、また強く抱きしめられる。
そう・・・・・もう、考えても仕方のないことを考えるのはやめよう。
目の前に、愛しい彼がいる。
抱きしめるのと同じ強さで、抱きしめ返してくれる腕がある。
それだけで、いい――――――――