Novel2

□冷たい指先
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「じゃあな、モーダ。また来る」

「うん、気をつけてね」

私は笑顔でそう言って、手を振る。

そんな私を見て、エースも軽く手を振り、ストライカーを走らせた。


エースの姿は次第に小さくなり、視界から消えていく。

そして、私の顔からも、貼りつけていた笑みが消える。


家に入ると、その場にずるずると座り込んだ。

テーブルの上には、彼が使ったままの食器。
彼が好んで座るソファ。
そこに、まだかすかに残っているだろう温もり。


こうしてエースは、私のなかにいくつもの足あとを残していく。

それらひとつひとつが、たまらなく愛しい。
だけど―――憎たらしい。


私はいつも、ただ彼を待って、残されたものを確かめることしかできない。

確かに、彼がここにいたんだと。
過ごした時間は、儚いけれども夢じゃないんだと。

―――ほんの少しの思い出に、必死にすがりつく私の姿は、
どれだけみっともないんだろう。



エースは、いつも私に優しい。

だけどその優しさは、きっと“妹”に向けるようなもの。


もし、私が海賊だったならば。
もし、私がもっと早く生まれていたならば。
もし、違うとき、違う場所で出会えていたならば。

私は、“妹”にはならなかったのだろうか―――?


そんなことは、考えても少しも意味がないのはわかってる。


だけど、ただ優しく大事にされるよりも、
醜い欲で汚してくれたほうがどれだけ良いだろう。


「・・・っ・・・うっ・・」


あふれ出す涙を、両手で覆い隠す。

こんな私を、あなたは知らない。



『行かないで』
『そばにいて』
『離れたくない』


言えるはずのない言葉を胸に抱き、
私はまた、あなたが来る日をただ静かに待つ日々に戻っていく。


だけど、今だけは―――

ソファにかすかに残る、エースの温もりを確かめながら、
私はまたひとつ涙をこぼした。

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