小説メモ&拍手お礼絵。

□絶対服従。
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邪な感情を振り払うかのようにわざとらしく咳払いをしたガイは、その甘い誘惑に負けてしまわないようぐっと強い瞳で彼女を見返した。
そうでもしないと彼女を見られない辺りからして、彼の心は既にかなり揺らいでしまっているのだが。




「……ナ、ナタリア…?」




そんな彼から零れたのは、やはりその表情に似つかわしくないほどの弱々しい言葉。 ガイ自身、己の声を聞いて、自分はこれほど誘惑に弱い男だったのかと泣きたくなった。
誘惑してくる相手にも、問題はあるのだが。

自分の名を呼ばれた彼女は、またもふにゃっと表情を崩す。
次いで、律儀にも彼に対して返事を返した。





「……はい…?」






即座に声を掛けたことにガイは後悔した。 とにかく状況を変ようと思い口にしたことだったのだが、かえって彼の心象を悪化させてしまったようだった。
彼女の、普段聞けないようなその柔らかく甘い声は、男性の理性を優しくつき崩せてしまう絶大な魅力を持っている。 ガイとて、それの例外ではなかった。
額を掌で押さえて、思い切り息をつく。




「(……参った、な…)」





視線を上げれば、天使の誘惑。 目線が絡めばそれだけで負けてしまいそうになる。
いっそ堕ちてしまえば楽なのかもしれないが、それさえ出来ない彼にとっては、ある意味悪魔の誘惑ともとれた。
先刻僅かでも感謝した自身のこの症状が途端に疎ましく思えたのも、男ならば仕方ないといえるのかもしれない。








「…………ナタリア」




このままだと自身の身が保たないと判断したガイは、とりあえず適当に会話をしてみることにした。
保たないといっても、彼の場合は意地でも保たせなければならないのだが。
他人と違う症状を持った彼には、他人と同じ選択肢は選ぶことが出来ないのだ。




「な、ナタリア……。
俺のこと、分かるかい…?ガイだよ」
「……」



苦し紛れにこんな質問してみて何だが、何となく今の問いに対して彼女が首を傾げるのではないかとガイは内心かなり不安だった。
アルコールは人を乱す。 記憶さえも。
それでも、酒に惑わされ見失うほどの存在でしかないというのは、本人にとっては少々キツいものがある。
彼女が己の悪い予感通りの対応を見せるのなら、自分はもう彼女を想うべきではないのかもしれない…、などと考えていた矢先、漸く彼女は反応を示した。







「……。……ガイ…?」




あぁどうやら酒にさえ負けるような軽い存在ではなかったらしいと安堵したのも束の間、続けて彼女が発した言葉に、ガイは固まるしかなかった。














「………さま…?」



















「……………、…はい?」









混乱すら忘れ真っ白になるガイとは打って変わり、ナタリアは一転ぱあっと表情を輝かせる。
まるで、ずっと求めて止まなかった物を漸く見つけだせた時の、無垢の少女のような。
ナタリアはそのまま、固まるガイに詰め寄る勢いで身を乗り出す。




「良かったですわぁ、ずっと探しておりましたのよ。
ガイ様ったら、お城やお庭の何処を探してもいらっしゃらないんですもの…」
「な、ナタリア…?
一体、何のことを……」
「漸く見つけましたわ、……ガイ様…」




更なる混乱を招くような彼女の言動の中、再び告げられた自分自身の名に、それが己の幻聴ではなかったことを悟る。
一国の姫君は当然のように彼を慕っているような態度を示すが、当のガイには何故こんな現象が起きているのか全く見当が付かなかった。
それに、ただの街に過ぎないこの場所で『城』や『庭』……『探していた』とは一体何なのか。

ガイが一人ぐるぐると目を回していると、ナタリアが嬉しそうに彼の方へと擦り寄ってきた。 混乱は未だ治まらぬ現状だが、持ち前の恐怖症は切実に彼を襲う。
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