小説メモ&拍手お礼絵。
□お題、癒しの光。
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「ぐっ……!」
「――…ヒールっ!」
もう何十も繰り返しただろうその行為を、また幾度と無く繰り返す。
癒しの光を受ける方も当てる方も、どちらの顔も同様に蒼白だった。 その原因は、違うけれど。
「――…っヒール!」
「……っはぁ…、く…」
「…っ、血が…血が……!!
――ヒールっ!…――ヒールっ!!!」
「……タ、リア…」
叫びに近くなってきた詠唱の声を聞いて、左半身の服を殆ど己の血で真っ赤に染めあげた青年が、少女の名をか細く呼ぶ。 その言葉すら擦れているのは、激しい痛みのせいだろうか。
青年…ガイの声を聞き入れ、少女…ナタリアは顔を上げる。
彼女の頬は、既に涙に濡れていて。
「……喋らないで下さいまし!
私が、絶対に治して差し上げますから……!!」
「……はは、情けないな。
君一人も…護れないのか…、俺は……」
彼の言葉は、ひどく自嘲気味で。 そして苛立たしげで。
ナタリアはそんな暇も今は惜しいはずなのに、思わず癒しの行為を中断してガイの顔を見上げた。
「…!?何を仰っていますの!?
貴方のおかげで、私は無傷でいられたのですわ!」
そう、彼は庇ったのだ。
敵の攻撃を間近で受けようとしていた彼女を。
そして自ら左腕と背中を、敵に差し出すように彼女の身を護り、
この生々しい傷を、己の身のみに――受けた。
「――私は貴方に護って頂いたからこそ、今無事でいられるのですわっ」
「………違う。俺は君を、護れなかった…」
「何故そんなことを仰るんですの!?」
「……だって…。
――君は今泣いているじゃないか…」
今は少しも身動きしたくない程の激痛を感じているはずなのに、ガイは傷を受けていない方の腕をナタリアの方向へ伸ばし、そのまま掌で彼女の頬にそっと触れた。 彼の服の朱色がじわりと滲み広がる。
ナタリアの身体が、一瞬ぴたりと止まった。 そんなことを言われるなんて、こんなことをされるなんて、思ってもみなかったから。
「……えっ?」
「俺は……、君にそんな顔をして欲しくないんだ…。
…なのに、君は今…俺のせいで泣いてる……護ったなんて、言えないさ…」
「ガ、ガイ……」
「……ぅ…」
ナタリアは一時の間でもガイと会話したことを後悔した。 治療の手を一瞬でも休めてしまった自分を責めた。 彼に身動きを許した自分を許せなかった。
ガイの顔が見る見る内に青ざめていく。
「あ、あぁ……ガイ…、ガイ……!いけませんわ…、死なないで下さい…っ。
嫌…、嫌ですわ、ガイ!!いやぁ…っ!!!」
ナタリアは泣き叫びながら必死に癒しの光を再び彼に当て始めた。
彼が居なくなってしまったら自分はどうなるんだろう、彼が死んでしまったらきっと自分は生きていけない……そんなことは考え付かなかった。
ナタリアは必死だった。
そして、『もし彼が死んでしまったら』なんて仮定することさえ疎ましかった。
冗談じゃない。 自分は彼が居る未来しかもう見えないというのに。
「――目をお覚ましなさい、ガイ!
死ぬなんて…、死ぬなんて許しませんわよっ!!」
ナタリアが叫んだ時、彼女の掌からはまばゆい程の光が放たれ、その大きな力が元であるとても暖かな光は、ガイの身体を包み込み彼の傷口に優しく集結した…――
――あぁ…、そうか……。
俺は勘違いをしていた。
彼女が泣かない為なら、彼女が辛い想いをしない為なら。
自分の命など差し出しても構わないものだと。
俺の命など身代わりにすることなんて躊躇うことじゃないと。
……でも、違うんだ。
俺が自分を犠牲にしても、彼女はまた涙を流す…。
彼女を泣かせないように。
彼女に辛い想いをさせないように。
俺の身の保護すら、その条件に入っていた…。
――ナタリア…。
ふと目覚めたガイは、その瞳に大きな雫を携えたナタリアに暖かく微笑んだ。
「……君は、俺が護るよ」
より強くなろうと思った。
彼女の癒しの加護を受けなくても良いように。
彼女を泣かせないため。
彼女に辛い想いをさせないため。
――彼女を護るため。
――End.――