小説メモ&拍手お礼絵。

□あやまち。
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* * *



「……ナタリア様」
「何ですの?」
「――もし俺が、ルークを殺そうとしたなら…、どうなさいますか?」




俺の突然の言葉に、驚いた表情でこちらを振り向く彼女。
その瞳には、驚きに混じって確かな憤りの色が見て取れた。




――あぁ、それでいい。

彼女からはきっと俺の期待通りの反応が返ってくるだろうと安易に予想できて、心の中ではほくそ笑みながらも、彼女にはあえて両手を上げておどけたような仕草をしてみせた。

「あぁ、勘違いなさらないで下さい。例えの話です。別に俺でなくてもいいんです。
もし誰かがルークを殺そうとしたなら、貴女様はどうなさいますか?」
「……自分が何を口にしているか、分かっておりますの?」
「ですから、例えの話です。
ナタリア様も、仮定の上でお答え下さい」



怒りの色が強まる。
彼女にとって縁起でもないことを、二度も口にしたのだ。 それも当然のことだろう。
むしろ、それを見込んでわざわざ二度も口にしたのだから、そうでなくては困るのだが。


彼女は威圧するようにこちらを睨んできた。
それに屈することなく、むしろそれを楽しむかのように俺は再び口を開く。


「もう一度尋ねた方が宜しいですか?
もし…――」
「お黙りなさい」



しかし案の定、もう聞きたくないとばかりに否定の言葉を出す彼女。
あまりに思い通りの反応を示してくれるので、つい口元が緩んでしまいそうになる。 彼女にそれを悟られないようにずっと引き結んでいるのは思いの外、大変だった。



「……もしそうなったら、ガイ、私がお前を殺しますわ」




未然も事後も関係なく、と続けて口にした彼女に、自然な動きで口元を覆った手の下で密かに笑んだ。
誰でも構わないと言ったのにも関わらず、あえて俺を殺すと言ってくれたことが嬉しくてたまらなかった。




――あぁ、そうだ。 その言葉が聞きたかったんだ。


突然俺がこんなことを口にした理由。
彼女にはっきりと、俺には救いの道も光も無いのだと、知らしめて欲しかった。


俺の生きる道は、闇の道しかないのだと……。







やはり聞いてみて正解だと思った。
彼女がルークを殺そうとする俺を阻むというのなら、俺がそれを実行に移そうとしたとき彼女は何の障害にもならないだろう。
憎むべき人間を一番に考える彼女を、共に排除してしまうことなど簡単なこと。





「……なら、もう一つお尋ねします。
もし俺が、貴女様を殺そうとしたなら……どうなさいますか、ナタリア様?」





ほんの興味本位の質問。

これで彼女が何の躊躇もなくまた俺を殺してくれると言うのならば、俺はさらに躊躇いを捨ててアイツと目の前の少女の命を奪ってやれると思った。
今度もまた、彼女の「その前にお前を殺します」という強い声を期待して、心の中で微笑を浮かべる。





――しかし…、








「……そうですわね」




ふっとため息を吐き、顔を僅かに俺から逸らして瞳を伏せる彼女。
予想と反した反応に、俺は僅かに眉を寄せた。

その後に彼女が諦めたように漏らした言葉は、さらに俺の予想と反していた。









「――あなたになら、殺されて差し上げても宜しいかもしれませんわね…」






期待を見事に裏切るその回答に、少し離れた場所に立つ彼女からも分かりそうなほど俺の表情は強張ったらしい。
自然と、眉間に力が込もる。




再び瞳を開けてこちらに視線を移した彼女は、案の定俺の思わしくない表情に気付き、明るみの無い笑顔をこちらに向ける。



「…どう致しましたの?
答えたくもない質問に答えて差し上げましたのに、その顔はないじゃありませんこと?」
「……そう、ですね…。
失礼致しました」








――失敗だと思った。


2つ目の質問は、するべきじゃなかった。

彼女にとっては何気なく返した答えなのだろうが、それは大いに俺の心を乱す。











――…そうだ、君はいつもそうなんだ。

復讐をと心に決めた、心の奥に眠る暗く重く冷たい部分に、一筋の光を射してしまう。
例えるなら、月の浮かんだ水面に小石を投げるようなもの。 水面に美しく描かれた月は、歪み、崩れ、その形を見失う。

彼女の行動は時々、俺の中にある黒い湖に、宝石のような小さな石を投げ入れてしまう。 投げ込まれた石はどんなに小さなものであっても、確実に波紋を浮かべ、波を起こし、水面を揺るがしていく。

そして彼女は、自覚が無いから逆に躊躇いを知らない。
湖に描かれた、復讐の名のもとに浮かぶ赤い月を、何度でも歪ませてしまえるのだ。




復讐しかないと思っていた。

復讐だけが、俺の生きる術だと思っていた。




* * *



……だから、間違えそうになる。

残酷に、己の冷たい刄で壊してやりたいと望んで止まなかった君のその笑顔。


いつしか、君の傍であたたかく護りたいと願ってしまいそうなるのだ。

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