小説メモ&拍手お礼絵。
□独り、ふたり…。
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* * *
「……っ、放っておいて下さいまし…。
泣いてる女性に…、胸も貸せないような方のクセに……!!」
言葉と同時に、彼の左腕を掴む。
これでいつものような反応を見せてくれれば、もう自分に構うことなどできないだろうと思ったから。
――やってはいけないことだと思った。 言ってはいけないことだと思った。
けれど、今のナタリアは自分のことだけでもう精一杯で……そんな事まで考慮する余裕なんて、無かった。
例え彼を傷つけても、例え自身が傷ついても。
今は……、独りで全ての感情を涙にしてしまいたかった…。
――しかし、いくら時間が経とうとも、ガイにいつものような症状が表れる気配が一向にしない。
自分が思う程時間は経っていないのだろうか……、それとも……―――。
ナタリアがそんなことを考え、いつの間にかきつく閉じていた瞳をゆっくりと開けながらガイの方に瞳を向けると…。
彼女が見たのは、冷めたような、それでいて怒っているような、けれど辛そうな視線で自分を見つめる、ガイの表情だった。
「……っガイ、貴方…、恐怖症が治って…――」
そう言い掛けたナタリアは、しかしその途中でそんなことは全く無いことに気付く。
その証拠に、掴んでいる腕は触れなくても分かりそうな程ガタガタと震え、顔はこの暗い中ですら目で判別可能な程に蒼白で、頬には見て取れそうな程の大粒の冷や汗を大量に流している。 状況を知らない者が見たらきっと、大丈夫か?と問う前に問答無用でベッドに連れていっても可笑しくないような状態だった。
ただ、いくら経っても逃げ出さないから気付くのが遅れただけで。 彼はいつもの症状に、当たり前のように、明確に、襲われていたのだ。
恐怖症の完治なんてもっての外、今までにナタリアはここまで症状が酷くなったところを見たことが無かった。
「……っ」
そこで彼女は気付く。
ガイに反応が無かったのは、自分の行動がどうってことない訳では決してなく。
――ただ必死に耐えているだけだったのだ……。
「……ガ、ガイ…っ」
そのことに気付いて我に返ったナタリアは彼から手を離そうとするが、しかし気が動転してその状態から少しも動けない。
その時、ガイが漸く震え以外の動きを見せた。
「…………か」
「えっ…?」
震えるのを押し殺す為かのような低い声に、ナタリアは更に戸惑う。
ガイはそれを見て取って、先程より多少はっきりと言葉を放った。
「………俺が、君に胸を貸してやれば、君は泣き止んでくれるのか…?
…俺がこの症状を克服して君を抱き締めてやれば、君は独りで泣かずに済むのか…っ!?」
「ガイ……?」
低い声に恐れを覚えて、不安げな声でナタリアが彼の名を呼んだ時、ガイは空いた右手で彼女の手首を素早く掴み、そして力強く自分の方へとその華奢な腕を引っ張った。
悲鳴を上げる間もなく態勢を崩したナタリアの身体は、次の瞬間痛い程の力に包まれた。
ガイはそのまま声を張り上げる。
「なら……それならこんな症状、耐えてみせるさ…!
君を独りにさせない為なら…、女性恐怖症なんて、恐くない……っ!!」
「ん……ガイっ…!」
苦しげな声を辛うじて出すと、ガイからも同じくらい苦しそうな声で言葉が紡がれた。
「……俺が、耐える。君の為なら、こんなの…どうってことないさ…。
だから…、独りで耐えようとしないでくれ、ナタリア…。君が悲しみに耐える代わりに、俺がこの症状を耐えるから……っ」
「……ふ…っ」
「俺じゃダメかい……?
君の悲しみを一緒に背負ってあげるのは、俺じゃ…無理かい……っ?」
ナタリアを自ら抱き寄せた瞬間からも、ガイの症状は見る見る内に進行していく。 今や、呼吸をすることさえ苦しそうだ。
――ダメですわ。 あなたには、到底無理ですわね。
彼を解放してあげたいが為に、楽にさせてあげたいが為に。
一言、そう言えば良いだけなのに。 そう、言いたかったのに。
初めて感じる、痛くて…、苦しくて…、切ない彼のぬくもりは。
どこか優しくて、甘くて、あたたかくて。
……甘えたくなる。
ナタリアの口から、拒絶の言葉が紡がれるのを阻む。
「ガ…、イ……」
「……俺でダメなら、俺じゃなくても良いんだ。ティアでも良い。ルークでも良い。
誰でも構わないから、独りになんかならないでくれ…ナタリア……。頼む……っ」
ガイの声は最早、擦れつつある。